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箍(たが)の家

─ 架け橋になった吹抜階段 ─

 四世代が一つ屋根に暮らす、貴重な計画を預かった家の話です。
 1歳から80代までの5人暮らし。しかし敷地は3mの高低差を持つ傾斜地。それでも世帯を分けず、玄関とお風呂は一つに絞りたいというご家族の結束観。計画に先立って預かった要望は、設計者を最初から「ど真ん中真剣勝負」に追い込むものでした。
 頭を悩ませたのは四世代を繋ぐ動線と高低差。家づくりの中心は居間や茶の間ではなく、幼児から高齢者まで、家族を無理なく楽しく結ぶ連絡空間が最優先に求められます。
 そこで仕掛けたのは光の井戸。家の中心に燦々と日光が注ぎ込まれる階段室です。スキップフロアの上は若世帯。階下は皆が集まる居間、食堂、茶の間。そして中2階に玄関、水廻り、祖父室を設けました。
 つまり、祖父らは玄関ホールから緩い緩い階段を下りれば皆の集まる食卓に付けるし、階段室を共有することで若世帯やお孫さんとの対話も生まれる、という仕掛けです。
 そこに、もう一つ思いが加わりました。吹抜階段に掛けられた竹のガラリです。光を和らげる効果もさる事ながら、この竹は、若くして他界したご家族が大切に手を掛けた竹林から伐り出されました。今、天高き棲まいから「家の箍」となって、優しく力強く家族を見守ってくれています。

箍(たが)の家若世帯の2階ホールから、吹抜階段を通して玄関ホールを見下ろしています。

1 階 : 39.00 坪      〈家族構成〉 
2 階 : 15.00 坪       大人 4人(祖父+夫人+次男夫婦)
延べ : 54.00 坪       子供 1人(孫)
(屋根裏: 6.00 坪)

徳井 正樹 (» プロフィール)

 

家は「家族時間の貯金箱」
家にはその家族の「顔」が必要です。
その顔を探すことが、我が家づくりの第一歩。

《箍(たが)の家》
四世代が一つ屋根に暮らす家。
敷地は3mの高低差を持つ傾斜地。それでも世帯を分けず、玄関とお風呂は一つに絞りたいというご家族要望に考えたのは、家の中心に燦々と日光が注ぎ込まれる階段室を設け、スキップフロアの上は若世帯、階下は皆が集まる居間・食堂・茶の間。そして中2階に玄関、水廻り、祖父室を設け、家族を無理なく楽しく結ぶ連結空間ができあがりました。
そこに、もう一つ思いが加わりました。吹抜階段に掛けられた竹のガラリです。光を和らげる効果もさる事ながら、この竹は、若くして他界したご家族が大切に手を掛けた竹林から伐り出されました。今、天高き棲まいから「家の箍」となって、優しく力強く家族を見守ってくれています。

徳井正樹の「小坂山日記」

団欒

有限な時間こそ胸一杯味わいたい

団欒_徳井 正樹15年愛用した床暖房に変え、二年前に我が家の居間に現れた薪ストーブ。
ホンワリと温める床暖房とは対照的に、帰郷した娘達をグイグイ束ねる求心力を持っています。

 高崎に居を移して17年余り、五人家族が三人に変わりました。現在はこの家で生まれた高1の三女と妻との三人暮らし。上二人の娘はこの春社会に羽搏き、もうすぐ夫婦二人暮らしに戻るのでしょう。
 「団欒」……今思えばこの居間で五人でワイワイ、ガヤガヤと過ごした時間がとても愛おしく感じます。
 これまで、様々な年齢のご家族と多彩な家を手掛ける幸せに恵まれました。初めて家づくりの会を通じて設計した海老名の家はちょうど築20年。あの時大学生院生だった息子さんも、今は実社会の中軸を担う父親でしょうか?
きっとあの家にも珠玉の家族時間が貯金されたことでしょう。仕事柄「その後」の暮らしぶりを拝見できる機会は、設計者の特権として最も楽しみにしている仕事の一つ。大概が点検も底々に「その後」を振り返る笑顔の報告会に切り替わるのですが、その時必ず私の知らない「その後」がそこにあることに気が付きます。 床の擦り傷、 ぎっしり詰まった本棚、手が入り始めた庭づくりなどなど、じんわりと染みこんだ家族時間の証しをそこに観る時、どこか同窓会の先生の気持ちで「良かったね」と無言で話しかけます。
 「家族が家族を意識することなく、過ごす時間は意外と短いか……?」
 52歳の年齢がそう感じさせるのでしょうが、やはり「その後も」共有する建主家族とのやり取りが、その「意外と短い」を実感させてくれます。あらためてこの原稿を書きながら、私たちの仕事を磨いてくれるのは建て主の言葉に在ると感じています。

栗大黒の家

 「大黒柱が支える家が欲しい」
 上背のあるがっしりとした体格の建て主が、最初に切り出したこの台詞に、私は未だ観ぬ写真のシーンを脳裏に思い浮かべました。
 一口に大黒柱といっても広がるイメージは様々でしょうが、その多くは農家の土間と囲炉裏の間に組まれた黒光りしたケヤキの大柱でしょう。家の中心に立つ背骨のような存在は、民家の象徴のように語り継がれてきました。確かに誰もが懐かしく思える太い角柱は、構造的な美学といえる縦軸に、地域社会の序列という横軸が絡みつき、私たちの記憶に深く染みこんできたかもしれません。

 私が建て主の台詞に感じた「大黒柱が支える家」は、それとは少し違います。

 開放的な家の中心に立つところは同じですが、正面にドンと立ち上がる、というよりは脇に控えて家族を見守る位置に構えます。
 柱の肌合いは、規律を重んじる様な直角柱ではなく、どの面にも角を持たずに皮を剥いたように自然に削いで実社会に疲れた現代人の家族を労います。
 樹種は栗材を用いました。理由は木の性質よりは材の持つ役所です。古来の堅いケヤキ大黒は、時として権威や富の象徴の場に登場しますが、広葉樹の中でも比較的柔らかい栗は、鉄路の枕木などあくまでも裏方でその耐久性を託されてきました。
 「四十過ぎたら自分の顔に責任を…」と同じく、柱一本にも、顔があり役があり格があります。永く家人を守り続ける家の顔は、家族の価値観を優しく支えるに相応しい存在でありたいと考えています。

栗大黒の家
玄関脇の和室から居間を臨む。楕円窓の奥が食堂と台所。
左手前が栗の大黒柱。