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フンデルトバッサー

フンデルトバッサーの業績を残す記念館

フンデルトバッサーの業績を残す記念館。床は波打ち、垂直な壁は無い・・・
荒川修作も真っ青な建築である。数々の芸術品(絵・版画・彫刻類)と、様々な建築のプロジェクトが展示されている、バッサー好きの聖地。


カフェ

記念館の隣にあるバッサーの設計による建築。今ももちろん現役で、中で営業しているカフェはウイーン子に人気だそうです。

建築家(芸術家と言ったほうがいいか!)フリーデンスライヒ・フンデルトバッサーは1928年ウイーンに生まれた。
日本ではあまりなじみが無いが、世界的には「現代のガウディー」としても良く知られている。
しかし其の作風はガウディーより、もっとストレートに自然に寄り添う形態を特徴としている。
その生涯で実現したプロジェクトの数は多くないが、ひとつひとつがインパクトの強い記憶に残る作品である。
主にオーストリアを中心としたヨーロッパにあるが、日本の大阪にも粗大ごみ施設や下水処理施設とポンプ場の施設が残されている。
いずれもとてもそうとは見えないが・・・。
バッサーによるプロジェクトのディオラマ

記念館にある、バッサーによるプロジェクトのディオラマ。幾つかのディオラマが作られており、これが実現していたら何れだけ楽しかったか想像を刺激された。

また日本との繋がりは深く、版画を中心とした個展を何度か開き、いずれも成功に終わっている。
ちなみに彼の妻は日本人女性である。
今でもウイーンでの彼の人気はとても高く、市内で幾つかの施設が使われているし、郊外の温泉施設はいつも人であふれている。
(今年はフンデルトバッサーの死後14年である)

 

もっとも私を案内してくれたウイーンの友人であり建築家のペッチイは、あまりフンデルトバッサーには興味は無く、ヨジェ・プラチニックの話しばかりしていた。
また彼が日本に来た時京都を案内したが、詩仙堂がお気に入りだったのをこの文書を書きながら懐かしく思い出した。

 

[家づくりニュース2014年7月号掲載]