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早春の桂離宮

早春の桂離宮_十文字40年ぶりに早春の桂離宮を訪れました。
「永遠なるもの」と世界的に宣伝されてすでに久しい。
昭和初期、ブルーノ・タウトが訪れ(桂では眼が思惟する)と、その造形的特質を指摘し、ひいては、桂が持つ無装飾性・簡潔性・完璧なプロポーション・内部空間と外部空間の密接なつながりといった建築的な性格を看取し、日本のみならず世界の至高の文化遺産となっています。


 

今度訪ねるにあたり考えたことは、この桂の地が古来より月の名所として知られ、かつて藤原道長の別荘があった場所であり、「源氏物語」の桂殿の舞台となったところであること。
又、桂を創建した八条宮智仁親王の数奇な運命(智仁親王の兄が御陽成天皇になると豊臣秀吉は智仁親王を猶子として迎えるが、淀君に鶴松が誕生すると養子縁組を破棄される。その後徳川の天下となり、兄御陽成天皇が弟である智仁親王を後継者として皇位を譲ろうとした際に、家康とその側近達によって阻まれる。)
この様な宿命ともいえる過去の中、智仁親王は持って生まれた文芸・建築・造園等に秀でた才能と趣味の良さを桂造営に傾注し、源氏物語の書かれた平安朝の世界を心に描きつつ、子である智忠と二代にわたり時には、小堀遠州の助言・指導も受けながら段階的に理想郷を造り上げていったのでしょう。
再訪して強く感じたことは、桂の造形が、日本の文化的伝統において、タウトの言う無装飾性で簡潔性が極めて著しいといった感じはなく、むしろ様式の振幅の振れ方が古典様式をふまえて前衛的と感じられ、実は装飾思考が極めて高く、知性に裏打ちされた八条宮親子の冷静に本質を見通したうえでの、豊な感覚に富む最良の趣味の良さを強く感じ名状しがたい幸せ感に包まれました。

 

[家づくりニュース2015年3月号掲載]