家づくりレポート

大きな木の下で本を読む家

 はじめてお会いしたのは20年以上前。それから土地の問題、ご両親との問題、仕事の問題、いろいろ解決しながら4年前にあらためてご相談をいただきました。新婚さんだったご夫婦も4人家族となっていました。
 土地には、大きな木が植わっており、それを残すこと。家相を解決したプランであること。自然な素材と風の通りを確保すること。持っているたくさんの本を収納できること。絵画、工芸をするスペース。要望は多くはないものの、しっかりとした考えに基づいたものでした。
 玄関、ご主人の書斎、トイレの位置は家相に基づいて決められました。階段を南に持ってくることで、大欅を生活の中で常に感じられるようにしました。壁は本棚でおおい、材料は杉と漆喰。2階廊下の床をスノコ棒にすること、押入に小窓を造ること、ガラリ戸で仕切ること、ハイサイド窓を設けることで風の通りを確保しました。
 上棟を終え構造チェックのさなか、3・11。でも、金物がゆるむこともなく無事に耐えてくれました。
 お引っ越しは長男の受験が済んだ来年の春。今は週末住宅として楽しんでいます。

大きな木の下で本を読む家
元からあった大きな欅や楠をそのまま残しました。
夏の陽射し、西日をコントロールします。木陰をぬける涼しい風を家の中にも取り込み、自然な快適さを楽しみます。冬は葉が落ちひだまりとなります。
本が好きな家族、絵を描いたり、工芸をしたり、趣味も楽しめる住まいです。

大きな木の下で本を読む家
右奥が玄関、右が階段、中央がキッチン、左奥が水まわり。
キッチンと、その裏の納戸は、この左右の動線を繋ぐよう通り抜けができます。

大きな木の下で本を読む家
西側は小さな窓で西日と視線をコントロールしています。壁という壁は書棚になっていて、いつでも何処でも本が読めます。この見返しはご主人の書斎になっており、やはり本棚の壁です。
家の中にいても、木陰やひだまりで本を読んでいるようです。

大きな木の下で本を読む家
2階の廊下は、床がスノコ棒になっていて1階と2階の風の通りを助けています。
左右が個室、アトリエ、納戸。ガラリ戸を使ったり、押入の壁に小窓を造るなど、部屋の中も風の抜けを考えています。
階段を昇り降りするたびに、大欅を楽しみます。
シースルー階段を通して陽射しも入り、本を読む階段になっています。

大きな自然 ── 北千束の住まい

 母屋の庭を借景に緩い斜面に沿うようにスキップフロアの空間が広がる、コンパクトでシンプルな住まいの、上棟式での忘れられない出来事である。
 百歳になる第一世代のご主人が、孫家族の新居の棟上に感激、一作歌を作ったという。ところが詠んだ歌を書いたメモを母屋に置いてきたと言って、スッと席を立ち現場の段差や障害物をものともせず、だれの足でもない自分の足でスタスタと取りに行かれた。忘れ物をすると「あれ持ってきて……これ取ってきて……」とすぐスタッフを頼る自分が恥ずかしくなった。
 ご主人は、何事もなかったかのように息子や孫、ひ孫が待つ席に戻り、張りのある力強い声で詩を詠まれたあと、「百年も生きているとこんなにも良い日がある。いやぁ~愉快だね、みなさんありがとう!!」と感慨深げに語った。その姿はまるで皆を包み込む大きな自然、太陽のようだった。そんなご主人と、若さ溢れる息子さんご夫婦、お孫さん夫婦、2人のひ孫の大家族に囲まれた僕たちは、どの顔も穏やかで優しい笑顔になっていた。
 ご主人は隣にピタリと座ると僕の左肩に手を回した。ビールを飲み交わしながらいろいろお話をお聞きした、どの話もジンワリと体の芯まで染み渡るもので、僕の背中は次第に丸く小さく小さくなるばかりだった。

大きな自然/北千束の住まい
リビングから窓越しにデッキ、母屋の庭を望む。

大きな自然/北千束の住まい
玄関ホールからリビングを見る。

高坂の家 ── くつろぎの家

 この家は土地に限りがあるとはいえ、どちらかというと比較的自由に思うとおりの設計が出来たと言えるでしょう。設計を始めるにあたり、施主とのコミュニケーションが大切なので聞き取り調査を基本としながらも家族全員の考え方や趣味、好きな色、来客の多寡を聞きだすことに、基本案をたたき台に進めて行きました。あと使って欲しい業者の話やセキュリティ、庭の植栽のことなどあらゆることを脳にたたきこんだ記憶があります。職業はお医者さんなので非常に繊細で、いろいろなことを聞かれた気がします。   
 まずは、設計の基本段階は土地のポジショニング、道との関わり、車と人の動きかた、周囲からの視線、みえかた、太陽と風、北風などなどデザインサーヴェイから検討。さらに地盤調査で地質の良否を確認し、施主に安心感を持ってもらいました。理論型のタイプのひとにはそれ相応の対応が必要で「そんな感じ」風の受け答えはこれから進むべき道程を険しいものにしてしまうことがあります。この住宅には「くつろぎ」というテーマがあり、特に「音」の問題が建物の構造を決定づけました。1階は鉄筋コンクリート造で2階は木造で構成されています。広い敷地のように思われても車庫や要求スペースを積み上げていくと2階建てにならざるを得ませんでした。そこで2階の足音の問題が生じてきます。木造ではなかなか解決困難な課題でナーヴァスな建主はすごく気にするのが常です。
 先月岩手県の気仙沼に行ってきました。写真でみるとそんなにひどく見えないような場所が実際近くに行ってみるとそれはもうひどいものでした。私たちは調査の立場での立ち入りでしたが木造の場合は基礎部分しかなくてあとはなんにもない状態でした。津波のおそろしさは筆舌に尽くし難しです。今回の経験は「もっと大局的にものを考えなさい」という一言に尽きたような気がします。話が逸れましたが「家づくり」もそんな気がしてなりません。

高坂の家──くつろぎの家
ステンドグラス。テーマは「遥か」

高坂の家──くつろぎの家
2階へ続く「家族顔合わせのステージ」としての踊り場。
手作りの鍛鉄工芸品は人気の的。

高坂の家──くつろぎの家
くつろぎ空間のひとつとして和室を設けた。一番の人気の部屋。

高坂の家──くつろぎの家
窓を少なく落ち着いた構成にした居間。

真鶴の家

 この家は40代半ばのご家族(4人)の別荘であり、リタイアした暁にはここ『真鶴町』を終の棲家として移り住む予定になっています。当初、プレゼンの時はかなり大胆な案を施主に提案しましたが、施主には予算の関係でお気に召さなかったようです。この辺りの集落の風対策でよく使われた石垣のイメージを大切にした山城のようなものでした。
 そして実際に出来上がった外観はいたってシンプルです。景観条例の網がかかるところなので、陸屋根は不可であり、勾配屋根としました。1階には大きなLDKと半屋外のバーベキューコーナーを持ち、2階に寝室と客間そして浴室を持ってくるいわゆる逆転プランです。
 特徴といえば、敷地の北側が駐車スペースになっており3台縦列駐車できるようにしたため建物を南側ギリギリに寄せざるをえませんでした。そして結果南側に庭を設けることはできず、海の借景が全てとなりました。すべての部屋から海が望めます。それぞれ開口部により海を切り取っていますが、1階のリビングからは海のパノラマが望めます。敷地の南側が海に面するところなので東西の日差しをうまくコントロールでき、その点やりやすいものでした。
 ここは建築基準法上、建物が建てられず、43条のただし書(周りの住民の同意)の許可を受けて実現しました。したがって防火構造にしなければならないことと延焼線(火が燃え移らないように敷地境界線からあるいは道路境界線から離隔距離を定めもの)が生じ、プランの配置まで影響を受けました。
 建て主は、しばらくしたらこの場所を終の棲家と考えていますので、キッチンのゴミ出しや御用聞きが来た際にいちいち1階に降りていかなければならないことを考え、2階に眺望のよいLDKを持っていくことに抵抗があったようです。そして、十分1階からも海が覗けるのでこのような結論に達したと思います。
 今は横浜市の便利なところにお住まいですが、そこから車で1時間のところにこのセカンドハウスはあります。週末にここにきて海を見ながらの生活は都会生活とは違い、気持ちの良いものになれば良いと思います。

真鶴の家
南側(海側)全景。庇の下の木製建具を全開すると下段の写真にある海の匂いや潮騒が部屋に飛び込んできます。

真鶴の家
1階の大きなLDKを見る。ダイニングテーブルは4m弱で厚さ7cmのオークの無垢材でコンクリートの足で支えられている。

真鶴の家
↑半屋外のバーベキューコーナー。      ↑バーベキューコーナーから海を見る。
木枠の向こう側に入口玄関があり、潮騒の音や匂いを聴きながら家に入るようになっている。左は造作のバーベキューコンロとコンクリート製の流しです。

真鶴の家
刻々と変わる海と対岸。

ぶどう畑の家

 山梨県笛吹市で設計した住宅です。のどかなぶどう畑の中に建っています。この敷地も元々はお父さんがぶどうを育てていた場所です。都心での設計では考えられないようなロケーションで、300坪の土地に対して40坪弱の建物をどんな風に配置するか、この風景にはどんな形があるべきなのか……そんなことを考えて設計をスタートさせました。
 敷地が大きいので、こんな時こそ方位を気にした設計にすれば良いだろうと考えていたのですが、それだけでは解決しない要素がいくつか見えてきました。ほぼ360°開放された敷地でどこを開いてどこを閉じるか、プライベートの確保はどうすれば良いか、そもそもエアコンの室外機や給湯器はどこに置くのが良いのか……等々。
 配置計画で手がかりになったのは、甲府盆地を見下ろす夜景でした。建物を長細くすることで、短辺方向の両側から明るさと通風を確保することが出来、風通しが良く、畑の緑をいつも感じられる家になりました。道路とは反対側をデッキとして開き、道路側は開口部を小さく、2階のスタディコーナーの横長窓から甲府盆地の夜景を眺める計画としています。
 形は単純に「三角屋根の家形」としました。仕上げも、手作りの雰囲気が出ることを願ってガルバリウムの一文字葺としました。のどかなロケーションに素朴な家になったかな、と思っています。
 現場監理は終始和やかに進みました。冬にスタートした現場も春になり、夏になり、ぶどうと桃の育つ様子も楽しみにしながら、中央高速を走り、帰りは甲府盆地の夜景を確認して帰るという小旅行のスタイルで終わってしまうのが少し残念です。引渡の日に、蛍が現れて建主さんと監督と驚いたのが印象的でした。

 余談ですが、畑の中の敷地というのは本当に手強い。地図を見ながらでもなかなか敷地にたどり着けず、着工する前の段階で調査やら観察で敷地に何度か通っていたにも関わらず、地鎮祭に遅刻しそうになりました。

ぶどう畑の家
周囲は、ほとんどが「ぶどう畑」で、住宅は点在する程度。
こんなのどかな場所ですが、実はすぐそばをリニアモーターカーが通ることになっていて、橋脚工事の様子を見ることができます。

ぶどう畑の家
内部の雰囲気は、構造体を現しにして、無垢材・自然素材でまとめています。長細いプランで、短辺方向に風が通り抜けます。周囲の畑や山の緑を室内で感じることが出来るプランです。

視覚障碍者の家

光、風、風景と一体となった住宅を目指して

都心に近い住宅街ではなかなか遠景を楽しむことが難しくなってきています。そのような建て込んでいる敷地の場合リビングの南側を吹抜けにして大きなガラスをはめ込むことによって、少なくても上半分は空に向かって開くことが出来ます。 というわけで遠景が望めない時は、studio A では開口部を空に向かって開きます。空の景色を眺められるだけではなく冬、隣の家の屋根越しに日照を得られ、暖かいリビングを確保するのにも有効です。
 この家の引っ越しがあった日の夜中、突然電話が掛ってきました。何か不具合でもあったのかと思ったのですがさにあらず、夜空の満月をリビングから楽しんでその感動を分かち合いたいと言うことでした。一安心するとともに、風景を取り込んだ家を日頃から 目指している私は嬉しくなりました。

視覚障碍者の家
安全を確保しながら夜間でも開け放したまま通風の確保できる細長窓が並ぶ外観。

視覚障碍者の家南側吹抜を通してみる景色。
下半分は隣家が迫るが上半分に空は大きく開けている。

視覚障碍者の家
寝室への通り道に防音室の書斎があるが、机の周辺は 更にアルミサッシで静寂性を確保している。右の窓はリビング吹抜けに通じる。

視覚障碍者の家
広いリビングの真ん中に板二枚分だけ仕上げをうづくりにしたフローリングを貼り、足の裏で居場所を感じられるようにした。

視覚障碍者の家
南側に並ぶ諸室左から子供室、台所、リビング、バスルーム。

渡り廊下のむこうに

 今回、家づくりの会の「家づくり学校3年生」の授業で私は「茶室」の話をするようにと仰せつかりました。そこでテーマを「茶室の用と美」としましたが、今どき用と美とはずいぶんと使い古された、死語になっているような印象を受けると思います。ただ、茶室に関しては茶事のルールに合わない茶室は使い物になりません。ですから「用」を完璧にクリアしないまま完成してしまうと最悪訴えられることもあります。そして、「美」のほうですが、こちらも絶対条件だと私は考えています。なぜなら、たとえば、京都にある古い茶室や千家の家元に残る茶室をご覧になったらわかると思いますが、そこには日本人の美意識の原点に切り込むような美しさがあります。先人の見事なバランス感覚、寸法的なそれだけでなく、光と翳の演出のみごとさ等々。茶室はすべての芸術の総合美といわれる所以です。茶室の経験ありという大工さんの作品を見せてもらうと、はっきり言って美しくない。狭い茶室なのに天井高が高すぎたり、当然軒先も見上げるような高さ。外部にはゴツイ木格子が打ってあったり、障子の桟の太過ぎること!お茶事では障子に映る下地窓の影のうつろいももてなしの大きな要素なのですが……。挙げたらきりがありませんがこれは茶室とは言い難く、茶室風というところでしょうか。やはり、茶室とは用と美が渾然一体となっているものでなくてはなりません。
 さて、住宅に於いてはどうでしょう。もちろん用も美も求められ、そのすり合わせにこの会の建築家はみな日々奮闘努力し、最高に心地良い住宅を提供しているにちがいありません。その意味では住宅設計の基本を茶室の原点に求めて間違いは無いはずです。余談ですが、20世紀を代表する建築家 村野藤吾(文化勲章受賞者)は独立後仕事に恵まれない時代に茶道を習っていたといわれています。また、コンクリート打放しの建築で有名な安藤忠雄も明るいばかりの現代建築に日本建築のひさしや障子や床の間の自然光の翳りや闇の深さを取り戻すべく多くの住宅や教会を残しています。
 写真の建物ですが、母屋と渡り廊下で繋いだ離れ的な住宅です(建築面積21坪)。ミニキッチンのある20畳ほどのワンルームと母上の4畳半の絵手紙の部屋、書庫、納戸、浴室、化粧室とロフトを備えています。友人や学生さんたちとの議論の場でもあり、同時にもてなしの場とも考えると茶室に通じる合理性と精神性が求められます。光と雨音でもてなす、また南西に広がる雑木林の緑でもてなす空間をイメージしたこの住宅は築4年になろうとしています。

photo:渡り廊下のむこうに_01
左手のふすまの奥は絵手紙の部屋。このふすまは右の引き戸との差を付けたくて、幅600mm・高さ1500mm に。ロフトの上にトップライト。

photo:渡り廊下のむこうに1本溝の障子は3本ずつ左右の壁に納める。昔いえの縁側の雨戸のように。障子の外に三角形の3つの縁側。

photo:渡り廊下のむこうに南西の雑木林は浴室から借景。3つの三角形の縁側の外観。

photo:渡り廊下のむこうに母屋と結ぶ渡り廊下。みどりを切り取る額縁窓。

府中の家

大黒柱
 3・11のあの震災から二ヶ月後に竣工したこの建物は、工事中に大きな地震や数々の余震を体験しましたが、大黒柱に荷重を集中させることで構造体に重心が生まれ、建物全体が一体化した骨組みになり、耐震上もバランスの取れた安定を保っていました。また、大黒柱の存在感と安心感が、末永く年輪を重ねるであろう住まいへの愛着を生み出してくれるのです。大黒柱に沿うようにゆったりとした階段と広く使いやすい通路スペースが続き、屋根の形状をそのままあらわした船底天井の広くて明るい2階の空間へと展開します。

多彩な収納スペース
 造り付けの家具や床下収納などバリエーション豊かな収納スペースや収納のための仕掛けを、建物の随所にみることができます。2階床下にはデッドスペースを利用した大容量の収納があるのですが、この仕掛けは床下のメンテナンスにも役立ちます。その他、書斎を兼ねた納戸スペース、クローゼットやキッチン廻りの収納、トイレの小さな家具はそれぞれに生活上の細かな要望に答えているのです。

土間を生活に取り込む
 かつての日本ではよく見かけた土間を生活のなかに取り込むことは、住まいの動線を豊かにしてくれます。玄関から続くタイル貼りの土間スペースは、外部空間と連続して光と風を心地よく取り入れられるように工夫しています。敷地形状に合わせた変形のプランもまた豊かな動線を生み出し、建物の多様な表情をみせてくれます。

角地を活かす
 東南角に立地するこの敷地は、その形状を利用して明るくワイドな開口面をもつことが可能になります。反面、道路からの目線や開放性に対するプライバシーへの配慮が必要になりますが、外構やプランニングの工夫によって、それを解決することができます。ここでは1階のワイドな開口面からの採光と通風を十分にとりながら、優しい木目の外構が周囲からの目線を遮断し、プライバシーの確保を実現しています。

photo:府中の家_01
この住まいの一番広い空間である、2階居間・食堂スペースから階段室を臨みます。屋根の形状をそのままあらわした船底天井には、放射状に照明を配置しました。

photo:府中の家_02
玄関から続くタイル貼りの土間スペースは、外部空間と連続して、光と風を心地よく取り入れられるように工夫しています。

goma_Houseと大谷石

 震災で工事が遅れていたgoma_Houseの現場です。足場がとれたというので行ってみますと、敷地に大谷石が置いてありました。この大谷石はどうしたんですかと聞きますと、市役所からもらってきたんだそうです。

goma_Houseと大谷石

 goma_Houseのある那須烏山市でも3月11日は大きな揺れがありました。瓦屋根の被害も広範囲にあったようです。また、町で多く見かける大谷石の塀にも大きな被害が出ていました。市役所では震災で倒壊、もしくは倒壊のおそれのある大谷石の塀については、市民に二次被害が及ばないように回収作業をおこなったそうです。そして、その回収され積み上げられた大谷石を欲しい人に持って行ってもらうようにしたのだそうです。
 そこで、建主さんもお父さんの協力を得て大谷石を頂いてきたというわけです。重いから大変だったとのこと。ご苦労様です。
 那須烏山のあちこちで見かけることが出来た大谷石の塀が続く町並みは、震災でその多くが姿を消してしまったんですね。でも、こうして、もう一度別の形で大谷石が街に戻ってくるということで、ちょっと救われた気分になりました。ちなみに、goma_Houseでは大谷石を外構に使おうと計画中です。
 そのgoma_Houseも2ヶ月ほど遅れましたが無事に引渡しも終え、新しい生活が始まっています。

goma_Houseと大谷石
goma_Houseは地元の木と漆喰でつくったシンプルな家です。

goma_Houseと大谷石
goma_Houseはイームズの椅子が似合うような家ということで設計を進めました。引渡しの日、さっそくイームズのLCWが2脚並べられていました。

紫野(ゆかりの)

 この住宅の敷地は、いわゆる路地状の敷地です。道路の反対側には大木があり、自然が豊かに借景できる公園があります。車1台分の間口スペースの奥に階段があって、その先に長い路地状の部分が続いています。その奥の部分が北側へと広がり、建築できる部分はその広がった敷地になることが予測できます。
 周辺環境は、ゆっくりではありますが、家が建ち並び、いずれは住宅が近接し取り囲まれると考えられます。その時点で、プライバシーを失うと考えられますので、そのためには、完全な中庭形式のコートハウスは無理であっても、露地的な空間の延長に植栽された半中庭空間を設けたいと思いました。露地の入口に格子戸を設け、それから先はセュキリティーを確保しました。半中庭には屋根の掛かった塀をめぐらせて、一部に眺めと風通しを考慮した格子をはめ、日本的な湿り気がある、親密な空間を外部につくりたいと考えました。
 紫野では、自然を強く感じる外部空間の力を活用して、内部の生活空間に広がりと潤いを出し、敷地全体を感じる豊かな内外一体の住宅にしたいと思いました。また、和室からも玄関を通して半中庭を見せるようにして、心地よい視線をつくりたいと考えました。
 2階の食堂、台所では、日常の気持ち良さを確保するために、遠くの眺めを随所に切り取り、季節の変化を楽しむことを考えました。そして、1階とは別の雰囲気にしました。2階からは、当然、公園の木々を借景しました。収納は、各室に将来のことを見込んで、たっぷり確保しました。また、美しくなくなる書棚やパソコン関係機器は、ライブラリーをつくり、そこに小さな風の通る部屋を設けて、目立たないようにしました。
 もともと建て主夫妻は、和風の空間を望んでいましたし、新しい感覚の空間も期待していました。それに加えて白いソファーやガラスローテーブル、古い車箪笥などを、以前の暮らしから使っていましたので、新しい住宅にそれらをなじませる必要がありました。必然的に空間と外部の自然とモノとの関係を考えることにしました。また、住まい手の感性が、紫野の感性に調和し、素敵なしつらえがなされていることには、感激します。
 僕は、現代的で日本的な、翳りと湿り気がある住宅をめざしました。植栽については、造園家の栗田信三さんに、設計と工事をやっていただきました。高木、低木、下草と栗田さんの世界で、この紫野の建築をつつんでいただきました。時間が経つにつれて、植物たちは生き生きとし、その力でこの住宅は優しい生命力をもらっています。

紫野(ゆかりの)
1階居間から中庭を見る。中央にはハウチワカエデの株立ちが植えられている。足元にはホウチャクソウが季節を彩るように植えてある。
塀には屋根を掛け、色しっくい掻き落し仕上の壁になっている。
正面の格子は、人と植物相方の風通しのためのもの。

紫野(ゆかりの)
2階食堂。
床は土佐栂(とさつが)厚さ15㎜巾150㎜
天井は厚さ9㎜ピーラー材。巾100㎜。
正面の障子を開けると、向い側の公園の大木が眺められる。

紫野(ゆかりの)
露地的雰囲気の玄関と中庭スペース。
いちばん奥は浴室前の中庭スペース。
左手格子は風抜きのためのもの。右手前は玄関板戸。深く屋根を出している。
左手塀の向こうには、隣家が接して建っている。

紫野(ゆかりの)
左手は屋根のない車庫。その右に門をつくり、そこをくぐり抜けて階段を上がりさらに歩いて右の露地に足を踏み込んで玄関にたどり着くようになっている。その経過の中で、さまざな季節の植物を眺めて、歩くようになっている。

時を重ねる家

 埼玉県の桶川市に建つこの家に、私は「時を重ねる家」という名前をつけました。
 なぜ「時を重ねる」なのか、あらためて考えてみました。「新しいことはいいことだ」という価値観が、20世紀は支配的でした。戦後復興や高度成長期の日本だったら、新しい家電や科学技術の進歩が、私たちの暮らしや生活を変える力がありました。その恩恵にあずかって、私たちは戦前や明治の時代には考えられなかったような便利さ、快適さを手に入れてきました。
 しかし、いまだにその延長線上でつくられている物たち(住宅も含めて)は、これからの時代を生き抜こうとしている私たちを本当に支えてくれるのでしょうか。
「新しいけれども、すぐ古くなって使い物にならない。」
「確かにまだまだ使えるけれども、特に愛着もないし、どことなく古びてみすぼらしいので捨ててしまおう。」
「安かったんだから仕方がない……。」
大量生産大量消費の社会では、こういった物との付き合い方も、経済を活性化させる原動力になったのかもしれません。でも、少子高齢化が進み、廃棄物処理の問題が顕在化し、自然と調和した文明のあり方が望まれる時代にあっては、もうそんなやり方は通用しないのは明らかです。
 2050年に日本の人口と年齢構成がどうなっているかを予測したデータが、国の研究機関によって発表されています。いまから約40年後、生きていれば私も80 歳を超えています。いったいどんな世の中になっているのでしょうか。
 全人口は2050年には9500万人。2005年の1億3000万人にたいして、実に25%減になると推計されています。65歳以上の人口は、2005年は20%だったのが2050年には40%にもなるそうです。さらに80歳以上の人口も2005年はわずか5%なのが2050年には17%にまで上昇。今までの65歳定年制では、国民の三人に一人が引退組。それでは若い世代だけではとうてい喰わせられない。だったら定年年齢をもっと上げて75歳くらいまでは元気で働いてもらわないと日本経済はまわっていきません。歳をとったらお役目御免ではなくって、70を超えても元気で仕事を楽しんで続けられるような社会、古いものが活かされるような文化や環境をつくっていく必要があります。
 「生命は動的平衡にある流れである」といったのは生物学者の福岡伸一ですが、住まいや都市といった、人が暮らす環境も、居心地のよい生きいきとしたものにしていくには、新しいものと古いものとが重なり合って、常に人の手が加わり、動的平衡として流れている状態こそがイメージされるべきなのではないでしょうか。
 20世紀の近代建築の理論は「新しさ」のみに目を向け「古いもの」を根こそぎに切り捨ててきてしまったことに限界の一端があると私は思います。「時を重ねる」というコンセプトを、さらに掘り下げながらこれからも家づくりを続けていきたいと思います。

時を重ねる家
リビングダイニングの上は吹抜けになっていて、高いところに細長い窓がある。
この窓から入る光が、季節や時間帯によってさまざまな表情を、壁や床に映しだし、時の流れを感じさせてくれます。

時を重ねる家玄関扉の両脇は古材で、厚さ5センチの桧の無垢板です。経年変化の風合が活かされています。古いものと新しいものとが調和したデザインを目指しています。

陶房を持つ家

「木の家の本」の取材に立ち会う為1月半振りに、植栽を担当した娘と「陶房を持つ家」を訪ねました。
 K夫妻が、社会人となってからずーっと住んでいた名古屋から、第二の人生を楽しむ為に、3月初め本当に久し振りに生まれ故郷のこの大磯の新居に引っ越されました。
 それから春が半分ほど経過する間にすっかり、そして見事なほどに庭の緑は勢いづいていて、私達は思わず歓声をあげました!ご夫妻への挨拶もそこそこに、午後の取材記者の到着を待つ午前中、夢中になって、写真を撮らせて頂きました。
 最高高さ4.5mの勾配天井を持つ19.5畳ほどの居間・食堂にも、木漏れ日に浮かびあがった薄緑の木々の葉のシルエットが窓を覆い隠すばかりに迫ってきます。居間の右側に続き南面する10畳程の寝室の畳ベッドの枕元にもこの緑はチャーンと顔を出していました!
 西側に続くご主人のお兄さんの畑で育ったピカピカの野菜、奥様のお父さんが届けてくれるはちきれるような自然の恵みを素材にして、奥様が腕を振るったお昼を頂きながら「こんなにも緑を見つめる時間が多くなるとは思ってもいなかった!」と、なんだかとても嬉しくなる言葉をご主人から聞きました。
 写真をお見せできずとても残念ですが、これらの居間・食堂や寝室のある母屋、そこから北側に続く渡り廊下状の小さなギャラリー、そしてこの家のなかで重要な位置を占める「陶房」それらに3方から囲まれた2間×4間ほどの中庭が有ります。数株の木々の足元には絵付けの為のスケッチの題材にと夫妻が集められる山野草が植えられます。
 「本当に落ち着いてロクロがまわせる!中庭に迷い込んできた蝶が畑の方から流れ込んでくる気流に乗って上下に漂い、そのうちスーッと浮かび上がって消えていくんです。」
凄い描写ですね。

陶房を持つ家_居間・食堂

居間・食堂より庭方向を見る。木漏れ日に浮かび上がる木々の葉のシルエット、雲海のように浮かぶ何本もの梁の広がり、これを垂直に突き抜けてロフトに至るオブジェのような階段のシルエット。

陶房を持つ家 _外観

3月末の引越からわずか1と月半、一気に雑木の庭の緑が勢いづいた南庭。この緑が、夏に向かう寝室(左側)、居間・食堂(右側)への陽射を和らげている。

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