家づくりレポート

時を重ねる家

 埼玉県の桶川市に建つこの家に、私は「時を重ねる家」という名前をつけました。
 なぜ「時を重ねる」なのか、あらためて考えてみました。「新しいことはいいことだ」という価値観が、20世紀は支配的でした。戦後復興や高度成長期の日本だったら、新しい家電や科学技術の進歩が、私たちの暮らしや生活を変える力がありました。その恩恵にあずかって、私たちは戦前や明治の時代には考えられなかったような便利さ、快適さを手に入れてきました。
 しかし、いまだにその延長線上でつくられている物たち(住宅も含めて)は、これからの時代を生き抜こうとしている私たちを本当に支えてくれるのでしょうか。
「新しいけれども、すぐ古くなって使い物にならない。」
「確かにまだまだ使えるけれども、特に愛着もないし、どことなく古びてみすぼらしいので捨ててしまおう。」
「安かったんだから仕方がない……。」
大量生産大量消費の社会では、こういった物との付き合い方も、経済を活性化させる原動力になったのかもしれません。でも、少子高齢化が進み、廃棄物処理の問題が顕在化し、自然と調和した文明のあり方が望まれる時代にあっては、もうそんなやり方は通用しないのは明らかです。
 2050年に日本の人口と年齢構成がどうなっているかを予測したデータが、国の研究機関によって発表されています。いまから約40年後、生きていれば私も80 歳を超えています。いったいどんな世の中になっているのでしょうか。
 全人口は2050年には9500万人。2005年の1億3000万人にたいして、実に25%減になると推計されています。65歳以上の人口は、2005年は20%だったのが2050年には40%にもなるそうです。さらに80歳以上の人口も2005年はわずか5%なのが2050年には17%にまで上昇。今までの65歳定年制では、国民の三人に一人が引退組。それでは若い世代だけではとうてい喰わせられない。だったら定年年齢をもっと上げて75歳くらいまでは元気で働いてもらわないと日本経済はまわっていきません。歳をとったらお役目御免ではなくって、70を超えても元気で仕事を楽しんで続けられるような社会、古いものが活かされるような文化や環境をつくっていく必要があります。
 「生命は動的平衡にある流れである」といったのは生物学者の福岡伸一ですが、住まいや都市といった、人が暮らす環境も、居心地のよい生きいきとしたものにしていくには、新しいものと古いものとが重なり合って、常に人の手が加わり、動的平衡として流れている状態こそがイメージされるべきなのではないでしょうか。
 20世紀の近代建築の理論は「新しさ」のみに目を向け「古いもの」を根こそぎに切り捨ててきてしまったことに限界の一端があると私は思います。「時を重ねる」というコンセプトを、さらに掘り下げながらこれからも家づくりを続けていきたいと思います。

時を重ねる家
リビングダイニングの上は吹抜けになっていて、高いところに細長い窓がある。
この窓から入る光が、季節や時間帯によってさまざまな表情を、壁や床に映しだし、時の流れを感じさせてくれます。

時を重ねる家玄関扉の両脇は古材で、厚さ5センチの桧の無垢板です。経年変化の風合が活かされています。古いものと新しいものとが調和したデザインを目指しています。

陶房を持つ家

「木の家の本」の取材に立ち会う為1月半振りに、植栽を担当した娘と「陶房を持つ家」を訪ねました。
 K夫妻が、社会人となってからずーっと住んでいた名古屋から、第二の人生を楽しむ為に、3月初め本当に久し振りに生まれ故郷のこの大磯の新居に引っ越されました。
 それから春が半分ほど経過する間にすっかり、そして見事なほどに庭の緑は勢いづいていて、私達は思わず歓声をあげました!ご夫妻への挨拶もそこそこに、午後の取材記者の到着を待つ午前中、夢中になって、写真を撮らせて頂きました。
 最高高さ4.5mの勾配天井を持つ19.5畳ほどの居間・食堂にも、木漏れ日に浮かびあがった薄緑の木々の葉のシルエットが窓を覆い隠すばかりに迫ってきます。居間の右側に続き南面する10畳程の寝室の畳ベッドの枕元にもこの緑はチャーンと顔を出していました!
 西側に続くご主人のお兄さんの畑で育ったピカピカの野菜、奥様のお父さんが届けてくれるはちきれるような自然の恵みを素材にして、奥様が腕を振るったお昼を頂きながら「こんなにも緑を見つめる時間が多くなるとは思ってもいなかった!」と、なんだかとても嬉しくなる言葉をご主人から聞きました。
 写真をお見せできずとても残念ですが、これらの居間・食堂や寝室のある母屋、そこから北側に続く渡り廊下状の小さなギャラリー、そしてこの家のなかで重要な位置を占める「陶房」それらに3方から囲まれた2間×4間ほどの中庭が有ります。数株の木々の足元には絵付けの為のスケッチの題材にと夫妻が集められる山野草が植えられます。
 「本当に落ち着いてロクロがまわせる!中庭に迷い込んできた蝶が畑の方から流れ込んでくる気流に乗って上下に漂い、そのうちスーッと浮かび上がって消えていくんです。」
凄い描写ですね。

陶房を持つ家_居間・食堂

居間・食堂より庭方向を見る。木漏れ日に浮かび上がる木々の葉のシルエット、雲海のように浮かぶ何本もの梁の広がり、これを垂直に突き抜けてロフトに至るオブジェのような階段のシルエット。

陶房を持つ家 _外観

3月末の引越からわずか1と月半、一気に雑木の庭の緑が勢いづいた南庭。この緑が、夏に向かう寝室(左側)、居間・食堂(右側)への陽射を和らげている。

古い形の新しい家

 昨年末に内覧会を催した家です。実は、建主さんが設計者としての私を知ったのは、母屋のリフォームに来た大工さんの紹介です。その大工さんは、私が十年前に設計した住宅の工事に来ていた職人さんで、現場で一緒に建築の議論を楽しく交わしたことを、私も覚えていました。
 屋敷内の母屋に住む建主さんのお母さんが、いい大工さんなので是非娘の家もお願いしたいと声をかけたところ、設計者の私を薦められたのでした。その後娘さん夫婦がホームページを見て、最初は工事費が高いのではとためらったそうですが、話を聞くと、色々なことが考慮され、長期優良住宅の助成金の活用などもあり、それほどでもないことを分かって頂いたようです。
 これまで工務店に建主さんを紹介されたことは何度かありましたが、全くの渡り職人で、しかも十年以上も前の大工さんから推薦されたのは初めてでした。

古い形の新しい家
内観。引き込み障子を開けると敷地の庭に面する。

古い形の新しい家
コーナーをガラスとした浴室の出窓。

古い形の新しい家南外観。入母屋の大屋根で採光を確保。

古い形の新しい家御影石アプローチと大きく張り出したポーチ。

3・11の東日本大震災とがけと建築物との関係

 数年前に設計をした住宅があります。建設地は栃木県の烏山市で、この敷地の北側に自己所有の山林がありました。当初の計画では山林は現況のままで工事を行う予定でした。
 計画を進めて行くにつれ、湧き水を処理する必要性、敷地の使用で敷地境界まで整地をしたいとの希望が出ました。また、法的な調査をすると栃木県の条例で「がけ地条例」に係わることが分かりました。
 この条例とは、傾斜が30度を超え、高さが2mを超えるがけの一定距離以内に建築物を建築する場合、がけの崩壊に対する安全措置として、原則としてがけ面に擁壁を設けることを規定したものです。
 そこで計画敷地では、2mのコンクリート擁壁を設置し、その下に排水路を設け、かつ建物までの距離を4m以上あけました。これにより、北側の有効利用と湧き水の処理、そして建物の安全を確保することが出来ました。
 今回、地震の被災状況の中にこの地域でがけくずれによる災害があったと報道されています。幸いにも設計をした住まいでは被災を受けなくてすみました。
 もしも、このような敷地に住まいを計画する時には「がけ地条例」というものがあることを覚えておいて下さい。
 最後に、被災を受けた皆様に心からお見舞い申し上げます。

3・11の東日本大震災とがけと建築物との関係敷地裏の山林

3・11の東日本大震災とがけと建築物との関係コンクリートの擁壁施工風景

3・11の東日本大震災とがけと建築物との関係擁壁の前に建つ住まい

ジューンベリーの家

 今回紹介するAさん家族の住宅は、今から4年前に竣工した、相模原市に建つ木造2階建て、延べ床面積32坪の住宅です。
 自宅の庭で家庭菜園を楽しみたいという建て主さんの希望から37坪の敷地の中に家庭菜園用の畑を作り、日当たりを考えて、L字型間取りプランとしました。
 また、「料理をしながら子どもと会話が出来るような間取りにしてほしい。」
との希望があり、2階の子供室、書斎、そして寝室からも1階の居間が見えるよう、吹き抜けを中心に各部屋を配置しました。屋根裏ロフトは6畳の広さがあり、普段使わないものの収納に利用します。
 外部の仕上げ材は、裏側にスチレン断熱材が打ち込まれたガルバリウム鋼板を使用していますので、メンテナンスの心配がほとんどいらない経済性を重視した外部構造になっています。また、次世代省エネルギー仕様による外断熱工法を採用したことも光熱費の軽減に役立っています。
 L字に囲んだ庭には、ミニトマト、ナス、キュウリといった野菜が植えられて、新鮮な輝きをみせています。そして、シンボルツリーとして建て主さんが自ら選んだジューンベリーの木は庭の片隅に植えられました。
 3年後、Aさんから、
「今年はジューンベリーの実が写真の3倍はとれました。」
と、メールとともに写真が送られてきました。その写真から、Aさん家族の温かいぬくもりが伝わってくるようです。

ジューンベリーの家キッチンからダイニング、そして2階の子供室と寝室をつなぐ渡り廊下をみる。

ジューンベリーの家ジューンベリーの木(中央)と菜園右側。

ジューンベリーの家建て主のAさんから送られてきたジューンベリーの実の写真。

HT-ハウス

 私どもは、夫婦で設計をしています。独立前、私は坂倉建築研究所という建築家の集合体のようなところで、商業施設や集合住宅などの大型施設を手がけていました。妻は室伏次郎さんという住宅作家のところで木造を多く担当していました。二人で設計事務所を開くにあたり、自分達の強みは互いを補完し合うことだと思っていましたが、やればやるほど住宅設計の奥深さを感じています。
 上の写真は、開設して間もない頃、無我夢中で取り組んだ住宅で、ダイニングからリビング越しに玄関ポーチを見ているところです。
 この住宅は、既存の木造住宅を全面リニューアルかつ増築するというものでした。
 既存住宅の一番具合の悪かったことは、人通りの多い道路に対して玄関が正面を向いており、扉を開けたら、通行人と目が合ってしまうどころか内部まで見通せてしまうということでした。
 そこで、玄関扉の向きを90度替えて道路と正対しないようにし、長さ1間半の玄関ポーチを道路と平行に設けました。その玄関ポーチには上屋があり、木の天井を張っています。また、人通りの多い前面道路との間に「閉じた表情の壁」を立てて、ここにも木の小巾板を張りました。そして、ポーチに隣接するリビングとの間に3本のサッシを入れ、リビングと連続した空間に仕立て上げました。
道路からは「閉じた壁」によって中が見えにくくなり、リビングとポーチの間はカーテンで閉め切る必要がなくなります。リビングの方からはポーチまで広がって見えるので、室内側の開放感が生まれてくるという仕組みです。
 通常、玄関ポーチは外部に属するもので、内部を見通せるものではありませんから、結果として「逆転の発想」とも言えます。ですが、私たちは「一つ一つを基本に戻って再考」しているだけなのです。

HT-ハウス
正面突き当たりに見えるのが「閉じた表情の壁」。玄関ポーチを閉ざすことで、リビングの開放感が得られます。

小さくても広く感じる家

 市街地では仕方のないことではありますが、敷地の周囲は家に囲まれていて、視線が抜けるのは道路側だけ。ただラッキーなことに道路を挟んで斜め横には区民農園がありその部分は空も大きく、視線を抜かす方向が決まりました。
 日照については1 階リビングにして一部吹き抜けをとり、高窓から日照を得るという方法もありますが、今回は話し合いの結果日当たりも視線の抜けもある2 階をリビング・ダイニングにすることに決定。
 2 階はワンルーム空間でリビングダイニング・キッチン、トイレの他に30 センチほど床を高くした四畳半の畳部屋もあります。
 全て合わせても面積的にはさほど大きなスペースではありませんが、勾配天井にして体積を大きくし、視線の抜けがあり余計な間仕切りもないので面積以上に大きく感じる居心地の良い居間周りが出来ました。
 たってのご希望の畳のスペースは、ご主人が横になってTVを見られています。ソファに座ってゆったりとTV を見るのもいいですが、畳の部屋でゴロリと横になってTV を見るのもいいものです。
 また、冬のお鍋の季節には畳の部屋でお鍋をつつき、日本酒をチビリと飲むのもこれまた良いものです。日本酒の場合はお鍋もいいけど、お刺身もいいですね。赤身や白身のお刺身も大好きですが、貝のお刺身もコリコリとしておいしいですよねえ……。
 話が違う方向に向かってしまいました。失礼!
 もう一つ、日本人に生まれてよかったと思うのはお風呂の習慣。(フィンランド人に生まれていたら、サウナもいいですね!)
 このお宅でもお風呂好きのご主人のために浴室から見える坪庭をつくりました。ただそれだけではなく、風呂上がりに裸のまま洗面脱衣室を通ってサービスヤード(普段は物干場)でほてった体を冷まし、坪庭を見ながらビールを飲む!なんて事も出来るのです。(勿論覗かれないようにしてあるので奥さまも基本的にはOK です)
 一つの家の中にそれぞれお気に入りのコージーコーナーがたくさんある。そんな住宅をこれからも設計していきたいと思っています。

小さくても広く感じる家リビングダイニングの窓からは区民農園の緑と大きな空の広がりが見える。

小さくても広く感じる家浴室と洗面脱衣室を見た写真。(浴室の扉を開けて撮影)

栗大黒の家

 「大黒柱が支える家が欲しい」
 上背のあるがっしりとした体格の建て主が、最初に切り出したこの台詞に、私は未だ観ぬ写真のシーンを脳裏に思い浮かべました。
 一口に大黒柱といっても広がるイメージは様々でしょうが、その多くは農家の土間と囲炉裏の間に組まれた黒光りしたケヤキの大柱でしょう。家の中心に立つ背骨のような存在は、民家の象徴のように語り継がれてきました。確かに誰もが懐かしく思える太い角柱は、構造的な美学といえる縦軸に、地域社会の序列という横軸が絡みつき、私たちの記憶に深く染みこんできたかもしれません。

 私が建て主の台詞に感じた「大黒柱が支える家」は、それとは少し違います。

 開放的な家の中心に立つところは同じですが、正面にドンと立ち上がる、というよりは脇に控えて家族を見守る位置に構えます。
 柱の肌合いは、規律を重んじる様な直角柱ではなく、どの面にも角を持たずに皮を剥いたように自然に削いで実社会に疲れた現代人の家族を労います。
 樹種は栗材を用いました。理由は木の性質よりは材の持つ役所です。古来の堅いケヤキ大黒は、時として権威や富の象徴の場に登場しますが、広葉樹の中でも比較的柔らかい栗は、鉄路の枕木などあくまでも裏方でその耐久性を託されてきました。
 「四十過ぎたら自分の顔に責任を…」と同じく、柱一本にも、顔があり役があり格があります。永く家人を守り続ける家の顔は、家族の価値観を優しく支えるに相応しい存在でありたいと考えています。

栗大黒の家
玄関脇の和室から居間を臨む。楕円窓の奥が食堂と台所。
左手前が栗の大黒柱。 

コートを挟んだ2世帯の家

 敷地は南西2方向道路の角地で南北に細長く、北に行くほど裾広がりに開いた形状の約70坪の広さです。南に親世帯、北に子世帯それぞれの住居を計画し、コートを挟んで互いに過干渉にならず、即かず離れず過ごすことのできる分離型2世帯住宅です。
 計画は中央にコート、その前後に親世帯と子世帯の住居スペースを取り、西道路側を低く抑え、両方の玄関・水廻り等を連続させそれぞれの住居を繋ぎます。コートは外部に閉じ、内側に開きそれぞれの住居に光と風をもたらせます。さらに、そこにドライエリアを取り、親世帯の地下室に採光と通風をもたらせます。
 一方道路側は外部の視線・防犯に配慮し、外壁・塀・片引き戸等でクロスし、出来るだけ低く抑えることで境界一杯の建物が道行く人に圧迫感を与えないようにするとともに、2階部分の親世帯・子世帯の屋根の連なりがよりシンプルに美しく見えることを意図しました。
コートを挟んだ2世帯の家西側道路より外観を見る。

 親世帯の広めの玄関は、コートより大きな嵌め殺し窓を通して十分な明るさが確保され、2階への階段と地階への階段の昇り降りを安全かつ明るく足元を照らします。
 バリアフリーに配慮した玄関は、段差解消のための式台、その脇に手摺を兼ねた細めの丸柱、下駄箱の天板は握りやすい形状で高齢者に配慮しました。
コートを挟んだ2世帯の家親世帯玄関ホール、バリアフリーに配慮し段差解消のための式台、その脇に手摺を兼ねた細めの丸柱、下駄箱の天板は握りやすい形状。

 親世帯の生活の場は1階で全て完結するように、南にリビング・ダイニング、コートに面して寝室・水廻り等を機能的に使いやすく配置しました。
 子世帯の住居は、コートをかいしても冬季の陽射しが1階フロアーまで差し込みません。そこでコートに面したリビング・ダイニングの南前面を吹き抜けとし、上部に大開口を取ることで十分な日照を確保しています。
 コートに向ってワイドに開かれたそれぞれの浴室からは、前面上部より木製格子が取り付けられ、湯船に浸かりながら庭の足元を観賞します。山ボウシ・寒椿・満作・南天・サツキ等、さらにその傍らの蹲居より流水による水琴窟が庭師の手で仕込まれました。
コートを挟んだ2世帯の家中庭コートより浴室側を見る。

 まさにこのコートは、2世帯住居の中心に位置しこの住宅が成立するための最重要な場所といえます。

小さく暮らす、快適な家

 敷地面積22坪。整形地であればけして狭い敷地とは言えませんが、建て主さんの購入された土地は、三方道路に囲まれた矢尻のような不整形な土地でした。さらに、井の頭という静かで緑が多い地域だったために容積率が80%しかなく、容積いっぱいに建てても17坪しか建たないことになります。このように、敷地だけの状況を見ればネガティブな気持ちになってしまいますが、建て主さんは、敷地の持っているデメリットな要因を前向きに捉え、この敷地の持っている特徴を生かしながら家族4人が快適に住める家を希望されました。
 小さな敷地であるがゆえに、できる家もこじんまりとしてくるので、家族の距離感が程よく保てるアットホームな雰囲気を感じる家であってほしいといったニュアンスが伝わってきました。また、お子さんがピアノを弾かれるので、ピアノを気兼ねなく弾ける場を作りたいとの要望もありました。
 容積率いっぱいに建てても17坪。さすがに家族4人が暮らすのには狭く、そこで容積緩和が受けられる地下室を作ることになりました。そうすることで延べ床面積26坪まで可能となったわけです。このように、地下をつくることで各スペースの構成が縦に伸びることになるので、階段室の吹抜け空間を利用して家族の距離感を縮めることができるようにプランニングをしています。階段はその機能だけをみれば上下階を移動する装置ですが、単なる機能性だけではなく、日々の暮らしを豊かにする場所として考えてもよいのではないだろうか、と考えています。階段は家のなかで視線が上下動する唯一の場所であり、それによってまわりの見え方も違ってきます。また、吹き抜け空間として上下階の関係をつくり出す場所にもなります。このように階段室の特性をいかし、地下の子供部屋、1階の寝室、2階の家事コーナーが階段室と開口部でつながるようにしており、さらにそこに建て込んだ建具により、暮らしの状況のなかで開け閉めができるようにしています。
 階段室の下を利用した地下のピアノコーナー、居間の一角に建具で仕切ることができる家事スペース、それにLDKと3つの個室(寝室)が、階段室の吹き抜けを囲みながら家族の気配を伝えあうように配置されており、小さな家でも家族4人が快適に生活できる家になったと思っています。

小さく暮らす、快適な家
玄関から階段室を見ており、この階段室の吹き抜けは、地下から2階に渡って各居室とつながっている。

小さく暮らす、快適な家階段室吹き抜けに面した引き違い戸はあえて上下に分けており、そのときの状況で開放する量を調整できる。

仲間と演奏を楽しめる家

 多摩川の河岸段丘の地形が残るあたりに竣工した家です。敷地には高さ1.7メートル強の玉石積みの段差がありました。上段からは周囲の木々や畑、建物が見渡せる気持ちの良い環境です。この眺めをいかした家づくりがしたい、というのが建て主さんの希望でした。  
 もう一つの大事な要望は音楽室。以前から音楽仲間が集まって演奏をしているので、新居を造るに当っては、仲間が気兼ねなく出入りして演奏ができる音楽室兼ご主人の居場所を造ることでした。
 敷地のほぼ中央に走る玉石積みは、計画に当たっては厄介な存在です。実際、住宅メーカーの提案はそれを崩して平坦な敷地に計画されていたそうです。でも、現場に立ってみると、玉石積みはなかなか風情があり、この土地の歴史を感じられるものでした。そこで、玉石積み存続を前提に計画を進めました。

仲間と演奏を楽しめる家
竣工後の外観。門柱や植木が加わりました。

仲間と演奏を楽しめる家
東南の眺望を楽しめるリビング。       リビングに面した茶の間。
斜め天井と出窓が広さをプラス。       畳面を21センチ上げてリビングと繋がり
                      ながらも和室の雰囲気を持たせる。

仲間と演奏を楽しめる家 1階の音楽室。

辻堂海岸の小さな家

 辻堂海岸からワンブロック入ったところに出来た、延べ面積22坪+ロフト5坪の小さな家です。ロフトは天井の高さが1.4mのフラット天井、ロフトの窓は神奈川県の条例でロフト面積の20分の1に制限されているためロフトを明るくするほどの窓はつくることが出来ません。このため2階リビングとロフトの間に4畳ほどの吹き抜けをつくり、ここに南と東面に大きな窓を付けました。この窓のおかげで、2階のリビング・ダイニングとロフトに十分すぎるほどの光を取り入れることが出来ました。
 仕上げは床が埼玉県西川の杉材、壁と天井は紙張り、寝室と子供部屋、洗面室は建て主さんは珪藻土を自主施工しました。塗装も頑張って塗ってくれました。
 
 ご夫婦とも海のある神戸っ子で、海の近くに住みたいと東京から辻堂に引っ越しし、土地探しと設計者選びを始めました。土地も建物も自分たちの力でと頑張る姿は設計者としても応援したくなるもの。こちらに来て地域の仲間たちにも恵まれ、ご夫婦で波乗りを始め、出社前に波乗りをするほどに地元に溶け込んでいます。この家にはバルコニー下にボード置き場を、そこから直接浴室につながっています。小さいけれども建て主さんの希望と夢が叶った楽しく気持ちの良い家が出来たと思っています。 

外観:正面は四角い形ですが、後ろは勾配屋根が掛かっています。

辻堂海岸の小さな家
内観:完成祝いの食事会風景。出窓からはお隣の庭が一望、ロフトからは富士山が顔を出しています。