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コラム

庭づくりの10年後に

庭づくりの10年後に_坂東

左手、満開の山桜の上部には花がない。右隣に紫木蓮、隣の山ぼうしは細身で少々先枯れ気味。手前の生垣(山茶花)は枯れが多く、隙間が目立つ。右手奥の夏みかんは、以前より小振りに。後ろの高木は隣緑地帯の植栽。


拙宅をつくり転居して10年が経過した。転居当初に、花や木々等への雑感を記した。
 「花や木々は素晴らしい。
  そこにあるだけで言葉も発さず、人の心を動かす。
  生きていることの尊さを伝えてくれる。
  四季の移り変わりを感じさせてもくれる。
  花や木々には、蝶や虫や鳥が集まり、それらを囲んで人々の会話も生まれる。
  精神的な効用だけではなく、木々は強風をやわらげ、日ざしを遮り、気温を下げてくれる。
  花や木々に親しめる暮しは幸せだと思う。
  どんな条件でも花や木々を楽しめる家をつくりたいと常々思っている。」
この思いは現在も変わらないが、庭づくりの一助となるよう、反省点を書きたい。

 

当初からの植栽として、生垣の山茶花、大きな庭木の山桜と山ぼうし、夏みかん等がある。いずれも根まきした状態のものを植木屋さんが植えた。数年は元気に成長したが、だんだん枝先から葉枯れするようになった。密に植えられている山茶花などは、現在では悲惨な状態である。
枯れの原因は、夏場の水不足にもあろうが、多くは地質にあるようで、根詰まりが起きているらしい。敷地は粘土質で、水はけが極めて悪い。地盤としては優秀だが、植栽に対しては不利である。それを前提に適した樹木を選んだ。しかし成長すると、広がった枝葉分に応じた根の広がりが実現できなくなり、先枯れが発生している。植樹の際に、土の入れ替えが必要であったのだ。植栽の予算を樹木に全て充ててしまい、土の入れ替えや土壌改良の必要性を甘く見た結果である。
植木屋さんと相談して、今年は植栽に大きく手を入れなければならない。

 

[家づくりニュース2015年6月号掲載]

小児科診療所 ~海の底の待合室~

小児科診療所

待合室吹抜

1・2階が診療所、3・4階が住居の併用住宅です。
診療所には吹抜をつくることと熱帯魚水槽を置くということから話しが始まり、設計が進むに連れて、熱帯魚やさん、アート作家さんと海の底をイメージしながらの内装コラボとなりました。
水槽は受付ロビーの前に設け、裏側キッズプレイコーナーからも眺められる配置としました。L型状に長手1.8m短手1.5mの大きさで多くのお魚が泳ぐことができ、待時間の退屈しのぎに一役買っています。水槽の上部にはエアコン、照明器具、下部には酸素ボンベや水道が隠れており、水やお魚の入れ替え、水槽のお掃除等が週に一度行われています。
待合室が吹抜になっており、海中を魚が泳ぐかのようにアクリルを魚形に切り抜いたものを吹抜上部から吊り下げています。魚形は診察室ゾーンの出入口扉にも描かれ、子供たちの目を楽しませています。内装は白砂と青い海を意識しながらのカラーリング、造り付けの椅子の背もたれは波形をモチーフにしました。キッズプレイコーナーには大きなウレタンのカメが頓挫し、子供たちとあそんでいます。
小児科診療所02_久保木

▲待合室脇のキッズプレイコーナー     ▲受付~待合室             ▲2階スタジオから吹抜方向の眺め

 

[家づくりニュース2015年5月号掲載]

「第3回 家づくり大賞展」を開催いたしました


第3回家づくり大賞には114点と多数のご応募をいただきありがとうございました。
3月14日・15日の二日間、横浜 MARK IS みなとみらい4階にある東京ガス横浜ショールームにて「第3回家づくり大賞展」の授賞作品の展示が開催され、15日には表彰式の後ゲスト審査員、授賞者を交えたパネルディスカッションが行われました。

 

▲ 大賞展授賞作品展示会場風景

第3回は今までと異なり、各9部門は外部のゲスト審査員に授賞作品を審査してもらう形に改め、家づくりの会に属している建築家の作品も同列で評価してもらえるようにしました。
ゲスト審査員は柏木博氏(評論家)、杉浦伝宗氏・山下保博氏・吉田研介氏(以上建築家)、山田憲明氏(構造家)、山田浩幸氏(設備設計者)、森清敏氏・瀬野和広氏(以上昨年度授賞者・建築家)、大平一枝氏(ライター)と豪華なメンバーを最適と思われる部門に揃え、魅力ある大賞となるように心がけたつもりです。


▲ パネルディスカッションの様子

昨年同様、一般投票部門の作品と審査員選定部門の作品が一部部門を除きすべて異なり、建築を選ぶ多様性、各個人の評価基準の違いが現れたことは興味深いものでした。

 

表彰式に続けて行ったパネルディスカッションでは「普通の住宅と建築家住宅」「大学教育で作られる建築家の美意識」「かっこいい住宅、住める住宅」「建築家の手がけるローコスト住宅」などテーマが多岐に渡りましたが、深く面白い話がいろいろな方の発言から聞くことができ、貴重な時間を共有することができました。
またゲスト審査員の方から「家づくり大賞」のあり方などについてもご意見をいただきましたので次回以降の参考にしたいと思っています。

▲ 家づくり大賞・続パネル展(家づくりギャラリー)

 

紙面の都合上、各部門の授賞に至る経緯や、作品の簡単な解説は「家づくり大賞」サイト公開審査を終えて(総評)に掲載しておりますので、応募作品と併せてご覧ください。
なお、市ヶ谷・家づくりギャラリーにて「第3回家づくり大賞・続パネル展」を4月7日(火)まで開催しております。
お気軽にお立ち寄りください。

 

 

[家づくりニュース2015年4月号掲載]

早春の桂離宮

早春の桂離宮_十文字40年ぶりに早春の桂離宮を訪れました。
「永遠なるもの」と世界的に宣伝されてすでに久しい。
昭和初期、ブルーノ・タウトが訪れ(桂では眼が思惟する)と、その造形的特質を指摘し、ひいては、桂が持つ無装飾性・簡潔性・完璧なプロポーション・内部空間と外部空間の密接なつながりといった建築的な性格を看取し、日本のみならず世界の至高の文化遺産となっています。


 

今度訪ねるにあたり考えたことは、この桂の地が古来より月の名所として知られ、かつて藤原道長の別荘があった場所であり、「源氏物語」の桂殿の舞台となったところであること。
又、桂を創建した八条宮智仁親王の数奇な運命(智仁親王の兄が御陽成天皇になると豊臣秀吉は智仁親王を猶子として迎えるが、淀君に鶴松が誕生すると養子縁組を破棄される。その後徳川の天下となり、兄御陽成天皇が弟である智仁親王を後継者として皇位を譲ろうとした際に、家康とその側近達によって阻まれる。)
この様な宿命ともいえる過去の中、智仁親王は持って生まれた文芸・建築・造園等に秀でた才能と趣味の良さを桂造営に傾注し、源氏物語の書かれた平安朝の世界を心に描きつつ、子である智忠と二代にわたり時には、小堀遠州の助言・指導も受けながら段階的に理想郷を造り上げていったのでしょう。
再訪して強く感じたことは、桂の造形が、日本の文化的伝統において、タウトの言う無装飾性で簡潔性が極めて著しいといった感じはなく、むしろ様式の振幅の振れ方が古典様式をふまえて前衛的と感じられ、実は装飾思考が極めて高く、知性に裏打ちされた八条宮親子の冷静に本質を見通したうえでの、豊な感覚に富む最良の趣味の良さを強く感じ名状しがたい幸せ感に包まれました。

 

[家づくりニュース2015年3月号掲載]

坂の家

坂の家-外観_濱田

道路から東面ファサードを見る


坂の家-室内_濱田

2階リビングの開放的な空間と眺望

この建物は山の手の閑静な住宅街のなか、急坂の中腹に建っています。
坂になっている前面道路と敷地のレベル差を利用して、地下1階地上2階のRC造の建物を、密集した周辺環境に自然に馴染ませるように配置しています。
このレベル差を活かし、道路下手からは、地階に位置する駐車場に直接アクセスすることができ、坂の中ほどからは幅の広い、ゆったりとした石張りの階段を数段上がって、1階の玄関までアプローチすることができます。
ファサードは、RC打放しのダイナミックな壁面を、敷地の前面から奥へと三枚の壁を立てたようにリズミカルに配置しています。
その構成が、周囲の環境からプライバシーを守りながらも、閉鎖的にならずに奥行を感じさせるような効果を与えています。そして、高台にある日当たりのよい南面には大きな開口面を設け、見晴らしの良い環境を活かした開放的な空間を実現しました。特に2階のリビングは、屋根を鉄骨造にして深い庇を造り、天井高一杯まで開口部を設けることによって、都心の高層ビルを望む素晴らしい眺望を生活空間に取り入れることが可能になり、重厚な壁に囲まれたRC造でありながら、開放的かつ透明感のある空間が生まれました。

 

[家づくりニュース2015年2月号掲載]

あけましておめでとうございます

昨年の「家づくりの会」は大きな飛躍の年でありました。
人材育成事業の「家づくり学校」は日本建築学会教育賞を受賞し、
家づくり推進事業の「家づくり大賞」は順調に第3回目を迎えております。
出版事業としては「センスを磨く間取りのルール」を発刊し、
研究・発表事業としては「木の研究会」の活性化や、
「省エネルギー住宅研究会」の発足に至っております。
そして大きかったのは「家づくりギャラリー」の機能を強化した事務局の移転です。
face to faceの関係を大切にしている本会としては、
足を運んでくださる相談者が増え、たいへん喜ばしいことであります。

 

消費税増税による住宅着工棟数の激減は、
住宅業界全般で深刻な問題となっていますが、
それとは相反し、家づくりの会では明るい話題が続いております。
10%への増税が先延ばしにされるという一安心な話題もありますが、
我々家づくりの会の会員はface to faceのお付き合いを大切にしながら、
一軒一軒、丁寧な家づくりを進めることによって、より健全で、
安心できる家づくりと明るい話題を提供して参りたいと思っております。
本年も宜しくお願い申し上げます。

 

2015年1月 吉日

 

NPO法人 家づくりの会
代表理事 

人々の心に刻まれた住宅

ケネディ生家_藤田
一見普通に見えるこの家は、一体誰の家でしょうか?
何の変哲もなく、普通に通り過ぎてしまいそうな素朴な外見の家です。
あのジョン・F・ケネディの生家です。ボストン郊外の閑静な住宅地域にあります。
彼はこの家で生まれ、弟エドワードが生まれるまでの、十数年を過ごしました。
現在は、国の文化遺産に指定されて一般に公開されています。
東部アメリカの古い町並みは、イギリスの影響を受けてか、家と家の間隔が狭く、裏庭も小さいのが特長です。
部屋も、さほど大きくはありませんが、リビングルームにはピアノ、暖炉などが置いてあります。
キッチンのオーブンは、都市ガスを使っており、コンロとオーブンが一体のものです。
流し台は人造研ぎ出し大理石で作られていました。
現在のキッチンと比較して、無いものは、電気冷蔵庫、電子レンジかなと思います。
各部屋には、スチーム暖房が備えられており、上流階級の家であったことは間違いないでしょう。
1920年頃のアメリカの家ですが、立派なものです。
ガイドブックに載っていますのでボストンに行く機会があるときは訪ねてみてください。

 

[家づくりニュース2014年12月号掲載]

「蓄熱式暖房機」1台で61坪の住宅の冬季温熱環境を支える!

「蓄熱式暖房機」1台で61坪の住宅の冬季温熱環境を支える!_野口

階段吹抜けを通して1階家族室から2階居間・食堂方向を見上げる。この1階床面と2階天井面最高部冬季表面温度の差が、わずか0.7℃で納まった!

これまでに何度か紹介しています2階建、ほぼ正方形平面、延べ床面積61坪ほどの住宅。
写真1階、階段下にちらりと見える「深夜電力利用の蓄熱式暖房機」たった1台で、この住宅の冬季温熱環境を支えようとした試みの結末、その報告です!

 

竣工後初めて迎えた冬(2月2日)の午前中、持参した「非接触式表面温度計」で床面や天井面温度を測ってみました。
 写真1階家族室で床18.8℃、天井19.9℃
 2階居間・食堂で床19.1℃、天井19.5℃
なんと、1階床面温度と2階天井(最高部)間約7m20cmの温度差わずか0.7℃。
自分でも驚くくらいの上々の温度分布でした!
この時の私の着衣状況は、木綿の下着+長袖のシャツ+ジャケット。天候は晴れ。
ほんのり芯から温かいといった心地良さを感じていました。

 

この試みを支えた主要な温熱技術は、①屋根・壁・開口の「断熱」、②南面開口からの「太陽光」の取り入れ+③基礎断熱による「蓄熱」、④夜間蓄熱式暖房機での1階「冷気溜まり」のゆるやかな常時暖房による「暖気循環」、その結果としての⑤室内床・壁・天井の表面温度維持と良好な「輻射熱環境」の実現。
等々ですが、詳しくは当工房HP「建築日記」(カテゴリ・温熱環境)を参照下さい。

 

[家づくりニュース2014年11月号掲載]

慈光院

慈光院/一之門への参道_宮野

うっそうと茂った木立と切り立った土手に囲まれた石畳みの参道


慈光院/書院を望む_宮野

入母屋造茅葺屋根に桟瓦の庇がめぐる農家風の書院。

今回は、私の好きな場所を一つ紹介します。
奈良県大和郡山市にある慈光院です。
慈光院は1663年に石州流茶道の祖・片桐石見守貞昌(石州)が父・貞隆の菩提寺として建立しました。
また、「わびの寺」とも言われ、石州の禅と茶が総合された禅寺で、茶室・庭園は「わび」の精神を表し、書院と茶室は国の重要文化財に指定されています。
庭園は国の名勝・史跡に指定され、花の寺としても有名です。
奈良盆地の眺望が素晴らしいことでも知られていて、境内全体を一つの茶席としてとらえてつくられているのも特徴です。

 

慈光院/茨木城楼門_宮野

茨木門をくぐったときに広がる明るい雰囲気への変化が劇的。

下を通る道路から脇にそれて、一之門まで上っていく坂道が慈光院の表参道で、この坂道を上るだけで外の世界とは気分ががらっと変わります。
一之門から茨木門に続くこの石畳は、うっそうと茂った木立と切り立った土手、さらに道を折れ曲がらせていることによって、足を踏み入れた途端に山の中に入り込んだような気分にさせてくれます。
この狭く暗い参道から、次の茨木門をくぐったときに広がる明るい雰囲気への変化が劇的で、ここに石州のおもてなしの心を感じることができます。

 

慈光院/書院_宮野

天井や鴨居の高さが低く、落ち着きのある意匠の書院。

農家風の外観の書院には、入母屋造茅葺屋根に桟瓦の庇がめぐっています。
構成している部材は全体的に細く、簡素で軽やかな意匠が目に留まります。
また、天井や鴨居の高さを低くしており、座ったときに安らぎや落ち着きが出るよう考えられているそうです。
慈光院/庭園からの風景_宮野

庭園の大刈込とその向こうに広がる奈良盆地の風景。

庭園には白砂の中にツツジなどの大刈込があり、その向こうには奈良盆地が広がります。
さつき一種類の丸い刈り込みと数十種類の木々の寄せ植えによる刈り込みを用い、敷地内だけではなく、周囲の風景・景観と調和するように構成されています。
禅寺の庭園にしては石をあまり使わず、様々な種類の木々で作庭しているのも、茶席の庭として季節ごとの風情を楽しめるようにしたものということです。

 

切り取られた庭園と奈良の町並みはとても美しい絵画のようで、夏の暑い午後、書院にたたずみ、のんびりと眺めているだけで、心はとても安らぎます。
印象深く、心に深く刻まれた場所と時間でした。

 

[家づくりニュース2014年10月号掲載]

灯台下暗し

既存茶の間_倉島

南に増築された部屋が納戸のようになってしまい、一番大切な茶の間が暗く寒い部屋になっていました。

灯台下暗し。

 

幸せの青い鳥は、意外とそこにいるものだが当事者はなかなか気がつかないものだ。
古民家と呼ばれる古い住宅も、暗く、汚くなり、ものがあふれ、寒くて使いにくい。
いやなところばかり気がついてしまう。

 

でも、よそから来た者が見ると宝の山だったりする。
大抵は新しく建て替えた後に気がつく。

解体前引っ越し後_倉島

外壁や増築部を解体をするためにお引っ越しをしてものがなくなったら、、、。あら、改装しなくてもいいくらいに明るく広い住まいだったことに気がつきました。


建て替える方が簡単だし、コストも、構造も、快適さも現代的でリスクが少ない。
みんなそう考える。
新しく同じものを建てるには、何倍もコストがかかるだろうし、リフォームするにはリスクが大きい。

 

 

糸魚川のこの現場は200年越え。
何度も直し、増築し住み継がれた家族の歴史が、解体してみると痕跡から見えてくる。
柱と屋根だけにして、増築部は解体し元の母家に戻す。
どうしても必要なものだけ少し増築。
リスクを容認し、できる限りの快適さを求める。

 

ご先祖様も喜んでくれるはず。

 

完成予想図_倉島

ただいま工事中につき完成予想CG。お茶の間です。


[家づくりニュース2014年9月号掲載]

中庭からの心地よい光と風

中庭からの心地よい光と風①_吉原

中庭から見上げる


2世帯住宅が完成しました。
この計画は、長年ご両親と娘さんで暮らしてきた家の耐震診断を行いリフォームするという話から始まりました。

 

中庭からの心地よい光と風②_吉原

エントランスより中庭を見る

いざ診断を行ってみると、耐力が大幅に足りず、設備機器や配管も相当傷んでおり安全な住まいとするには、全面リフォームとなり、新築に近い費用が掛かるという結果となりました。
丁度その頃、社宅住まいの息子さん世帯より一緒に住むことが出来ないかとの話が持ち込まれました。
計画は一変、建て替えて両親と子世帯、計7人が住む2世帯住宅となりました。

 

大家族で住む家は、家族が集まれる場所、それぞれが落ち着ける居場所、程よいプライバシーが必要となってきます。

 

中庭からの心地よい光と風③_吉原

外観

この住宅では敷地中央に中庭を設け各世帯を左右に振り分けています。
そして上下階で家族間の関係を調整することとしました。
以前からこの敷地にあったザクロの木を移設した中庭は、世帯間の中間領域となり、また近隣の視線が気にならないプライベートな外部空間となっています。

 

世帯間の程よい距離感を保ち、各自がお気に入り居場所にも中庭からの心地よい光と風が流れる住まいとなりました。

 

[家づくりニュース2014年8月号掲載]

フンデルトバッサー

フンデルトバッサーの業績を残す記念館

フンデルトバッサーの業績を残す記念館。床は波打ち、垂直な壁は無い・・・
荒川修作も真っ青な建築である。数々の芸術品(絵・版画・彫刻類)と、様々な建築のプロジェクトが展示されている、バッサー好きの聖地。


カフェ

記念館の隣にあるバッサーの設計による建築。今ももちろん現役で、中で営業しているカフェはウイーン子に人気だそうです。

建築家(芸術家と言ったほうがいいか!)フリーデンスライヒ・フンデルトバッサーは1928年ウイーンに生まれた。
日本ではあまりなじみが無いが、世界的には「現代のガウディー」としても良く知られている。
しかし其の作風はガウディーより、もっとストレートに自然に寄り添う形態を特徴としている。
その生涯で実現したプロジェクトの数は多くないが、ひとつひとつがインパクトの強い記憶に残る作品である。
主にオーストリアを中心としたヨーロッパにあるが、日本の大阪にも粗大ごみ施設や下水処理施設とポンプ場の施設が残されている。
いずれもとてもそうとは見えないが・・・。
バッサーによるプロジェクトのディオラマ

記念館にある、バッサーによるプロジェクトのディオラマ。幾つかのディオラマが作られており、これが実現していたら何れだけ楽しかったか想像を刺激された。

また日本との繋がりは深く、版画を中心とした個展を何度か開き、いずれも成功に終わっている。
ちなみに彼の妻は日本人女性である。
今でもウイーンでの彼の人気はとても高く、市内で幾つかの施設が使われているし、郊外の温泉施設はいつも人であふれている。
(今年はフンデルトバッサーの死後14年である)

 

もっとも私を案内してくれたウイーンの友人であり建築家のペッチイは、あまりフンデルトバッサーには興味は無く、ヨジェ・プラチニックの話しばかりしていた。
また彼が日本に来た時京都を案内したが、詩仙堂がお気に入りだったのをこの文書を書きながら懐かしく思い出した。

 

[家づくりニュース2014年7月号掲載]