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コラム

生き残った町屋の門

相模原の民家

柱、扉は欅材が使用されて重厚なつくりです


私は2010年3月号で「庄屋の門」を掲載しました。
今回はその二段として、「生き残った町屋の門」を取り上げます。

東京都町田市の近郊や隣接する相模原市には、江戸時代の地主や絹の原料となる繭で財力を蓄えた商家などの町屋が数多く点在します。
一部は、現在も住居として使っているものもありますが、多くの町屋は世代が変わり、不動産業者に売却されたり、門構えが崩れ落ちて廃墟のようになってしまったものもあります。
今回、わたしが表紙に使いたいと思っていた物件はすでに取り壊され、工事用のフェンスで覆われていました。
もっと早く来て写真にとっておけばよかったと後悔しています。

相模原の民家_正面

門の正面
奥には、新築された事務所ビルが見えます

表紙の町屋は、門構え、土塀、敷地面積からして、相当な地主であるとみえます。
数年前に住居が壊され、跡地にオフィスビルが建っています。
門は、ビルの外玄関として使われています。
メンテナンスを定期的にやっているとみえ保存状態がたいへん良いのに驚きます。
地主が自らの費用で、維持管理しているのでしょう。

地方都市が近代的な町並みに変わっていくなかで、このような町屋と近代建築の融合は町並みをつくる大切さを教えてくれるように思います。

[家づくりニュース2013年7月号_掲載]

桜新町・緑庭の平屋

屋上庭園は陽当たりがよく、草花がよく育ちます。写っている花はほとんどがバラ。

新緑のきれいな季節になりました。
街を歩けばあちこちでバラが咲きほこり、丹念に手入れされた様子を見るたびにこの家のことを思い出します。

この家は少し珍しいつくりになっています。
それは、平屋建てでその屋上をすべて緑化し屋上庭園としていることです。

既存の木を配した庭は落ち着いた雰囲気にしました。
大きなガラスでリビングとつながります。正面右手が柿の木。

平屋は、老後の暮らしに向けワンフロアーで生活を完結できるようにしたためで、建て替えの際に以前からあった庭の木を残し、柿の木を中心に落ち着いた雰囲気の庭を眺めて暮らせるようになっています。

屋上庭園を見下ろす。
隣家の2階からも垣間見えるので喜ばれているようです。

そして、ガーデニングがとても好きな施主のために、屋上は好みの草花や木を植えられる庭園に。平屋のため広い屋上になっているので、初めて見る方は公園と錯覚するかもしれません。この屋上が、ふつうの住宅街の中にあります。

竣工時には中木だけを植え楽しみのために余白を残したのですが、その余白もほどなく埋まり今は無数の草花で覆われました。
特にバラの種類は多く、今はどれぐらいの数があるのか設計者の私にも想像がつきません。バラは香りもよく、取材で伺った時には落ちた花びらを拾ってきれいにするのですが、その香りのとてもいいこと、捨ててしまうのがもったいないくらいです。しかし、広くて種類も多い分、手入れの手間もかかります。幸いこの家の施主はその労も厭わず、むしろ楽しんでいるほど。家にいる時間よりも、庭にいる時間のほうが長いこともしばしばだとか。
その様子がとても幸せそうで、街でバラを見かけると、手入れをする姿を思い浮かべるのです。

[家づくりニュース2013年6月号_掲載]

新築後10年を前に総点検を

家を建ててから10年を迎える建て主さんへ「新築後10年前点検」を勧めています。

新築後10年前点検_坂東

        足場が必要な外装メンテナンスは、計画的に時期を見極めて。


「住宅の品質確保の促進等に関する法律」(2000年施行、略称「品確法」)によって、2000年4月以降に引き渡しを受けた新築住宅には、住宅の構造耐力上主要な部分と雨水の侵入を防止する部分について、引き渡し後10年間保証されます(他の部分の保証期間は契約書を要確認)。保証期間内に、これらの部分に瑕疵(欠陥)が見つかって修補請求された場合には、新築住宅を施工若しくは販売した住宅事業者は、無償で直さなければならないのです。

そこで、新築後10年前に総点検をして、保証範囲に不具合がないかを確認することが重要です。もし不具合があった場合は、期間内に住宅事業者へ修補請求する必要があります。

一方、新築後10年を超えてから出てくる不具合に関しては、住宅事業者は瑕疵担保責任を負わず、特別な場合を除き、すべて建て主負担で補修することになります。特別な場合とは、不法行為と判定されるような施工不良等があった場合です。但し、この場合の補修請求等に際しては、不法行為であることを建て主側で立証せねばならないため、通常は難しいと考えられます。

新築後10年前点検_坂東

屋根の上の点検と補修は、施工業者へ依頼して。

新築後10年を超えたあたりから、経年変化による不具合は増加してきます。各所が傷む前の早めの手入れが望ましく、たとえ優良施工された瑕疵のない建物であっても、メンテナンスは必要です。建物の現状を把握し、今後のメンテナンスについて確認したいものです。なお、屋根や外壁等の外装のメンテナンスは、足場が必要ですので、まとめて計画的に行うことをお勧めします。
メンテナンスの善し悪しが建物の寿命を左右することでしょう。

[家づくりニュース2013年5月号_掲載]

ゴーヤーで壁面緑化

南と東面を覆ったゴーヤーの葉、外からの目隠しにもなる。


早いもので、東日本大震災から二年が経ちました。あの年の夏は節電要請からゴーヤーが飛ぶように売れ、あちこちの家で壁面緑化されていたのを思い出します。夏に日差しを防ぎエアコンを使うのを抑えられることから、ゴーヤー人気はその後も続いているようです。

板橋区にある私の家は、新築時に壁面緑化のための固定の木製フレームを南と東面に設けました。二階にあるリビングで木陰の涼しさが欲しかったのですが、限られた敷地では日差しを遮るような高さの樹木を植えられないため、代わりに蔓性の植物にそれを求めました。今年で8年目。たくさんの蔓植物が育っています。

春にはハゴロモジャスミンの花

冬を越す多年生のハゴロモジャスミン、ツルハナナス、モッコウバラ、テイカカズラ。そして毎年新しい芽を出す一年生のゴーヤー、フウセンカズラ。蔓植物が良いのは、ほとんど手入れがいらず、狭い地面でも壁一面を覆うような葉陰をつくれることでしょう。冬でも葉を残す多年生のものは、窓がない壁面や玄関脇に這わせ季節ごとの花や香りを楽しむことができます。そしてこれからの季節はなんといっても夏の強い日差しを防いでくれるゴーヤーです。
5月の連休を過ぎると前年落とした種から自然と芽が出てきます。最初は成長が遅いのですが梅雨が明けた頃にグングン伸びていき、8月には二階にあるリビングの窓を全部覆ってくれるようになります。手軽なためプランターで育てている方が多いようですが、狭くても良いから地植えにすると驚くほど成長します。

二階リビングのゴーヤーの葉陰は、まるで雑木林。

2階や3階リビングでも十分に夏の日差しを遮ってくれるでしょう。大きめの葉は見た目に涼しく、隣家からの目隠しにもなるので、気軽に窓を開けられるようになり、葉の蒸散作用で冷やされた空気が通りぬけて室内を涼しくしてくれます。また、ゴーヤーは毎日のように実を収穫でき、ご近所に配ってもあまるほどになります。我が家では一夏に60本近い実を収穫できた年もありました。

雑木林のような木陰の涼しさが得られ、たくさんの実を収穫できるゴーヤーは、夏の壁面緑化にお勧めの蔓植物です。ただし、実が採れすぎるとご近所や子ども達には嫌がられるかもしれませんので、お気をつけください。

[家づくりニュース2013年4月号_今月の家_掲載]

家づくりの会30年!

30年前に始まった「家づくりの会」、
その発起人で残っているのは僕一人になっちゃったけど

家づくりの会が出来たのは30年前、僕は35歳だった。駆け出しの、まだ食えない建築家だった。
そんな同じように食えない建築家、十数名が集まって作ったのが「家づくりの会」。
会を作った目的は、これから住まいを作ろうとしている「建て主さん候補」との出会いの場を作ろうということだった。
それから30年、あっという間に年月が流れた。

発足の頃は細々とした、何時つぶれるかわからないような会だった。「この会、2~3年もつかなー」と仲間と話したことを覚えている。しかし、おそらくこの会が潰れるようであれば、自分たちが建築家として生き残れる可能性もない、といった切羽詰った思いもどこかにあったのではないか。だからこの会をどうにかしたいと皆でよくやってきた。
発足から十数年間は、会のために毎週1~2日を費やしていたのではないか。様々なイベントを企画し、その広報のため新聞社にお願いに行ったり、また自分たちの自己研鑽のための研究会を開き、その結果を建築雑誌に6年間にわたり連載したり、時には飲んだり、いろんなところに旅行に行ったりもしたが、かなりの時間を家づくりの会と共に過ごした。だから僕にとって家づくりの会は人生の重要な一部分になってしまったと言っても過言ではない。

そのような活動の中で最近嬉しかったことは、「家づくり学校」の卒業生が今年2月に初めて出たこと。

彰国社「家づくり学校」

今年2月に初めて卒業生が出た「家づくり学校」の教科書です。 出版:彰国社

「家づくり学校」というのは、住宅設計を志す30歳前後の若手建築家を対象にした学校で、家づくりの会の会員が講師を務めている。この学校を始めたのが4年前、今年2月、初めての卒業生が出た。この卒業生がいつか「家づくりの会」の会員として入ってきて、これからの家づくりの会を更に担って行くことになるかもしれない。

いろんなことをやってきたが、僕らがやってきた会の活動に一貫していることは、フリーランサーとしての建築家が集まった時に何ができるか、ということだったと思う。制度や仕組みでガチガチになった世の中で、批評的立場に立って家づくりの可能性を追求するフリーランスとしての建築家の集団、「家づくりの会」はこれから益々貴重な存在になるに違いないと思う。

森の貯金箱事業

滑り台

滑り台

釜石バス停

釜石バス停

山田町集会場

山田町集会場

森林組合事務所

森林組合事務所

子供たちが楽しそうに遊んでいる、滑り台ジャンプ、屋根付のバス停ベンチ、仮設団地の集会場、森林組合事務所、これらの製作や建築は皆、同じ工法で作られています。
今釜石の森林組合と県の連合会とで、二酸化炭素の吸収固定と延長を図るお手伝いをしています。
建築市場に出せないとされた木材も、その成長に要した期間以上に活用する事業です。

今、1ヘクタールの森林整備で、杉の丸太材が約90㎥産出されます。その半分は建築用市場に行き、22.5㎥程の板や柱になり、半分は節、変色、飛び腐れ等の理由で合板工場にいくそうです。
その合板工場も、岩手では震災で流され、ひとつは廃業し、もう一つの工場も3割操業になり、丸太の引き取り手がなくなってしまいました。石川県や静岡県の工場に持ち込んでいるとのことです。
それで何とか合板工場分の丸太も建築に活用しようと、柱角の木材を連結して壁パネルとし、通常工法の3〜4倍の木材量を使用し、かつそれを二度三度と繰り返し使用できる、FSB工法(forest stock in building)を考え、被災地の再建住宅もそれで作ることにしました。

関東でも35坪程の住宅一軒を、FSB工法で建てていただけると、約45㎥の木材製品を使用することになり、1ヘクタールの森林整備を促し、40年で約30~40トンのCO2の吸収固定を増進させることになります。
それで建築だけでなく、様々なものにも提案し、実践していく、「森の貯金箱事業」を一緒にやっています。

[家づくりニュース2013年2月号_掲載]

階段、その魅力

階段、その魅力_野口

屋上ルーフデッキ前の階段ホールから居間・食堂を見下ろす。
左側、壁を少しへこませて作った吹抜けの下は玄関ホール。
冬期高度を落とした太陽光が右側ルーフデッキからその玄関ホールに届く。

階段、その魅力_野口

1階家族ライブラリーから階段を見上げる。2層重なる階段の段裏、さらに上部の居間・食堂にまで続く小屋組みが見通されて一寸壮観です!

重なり水平に広がる居住空間に対して、それを突き抜けるように垂直に立上る階段は、おのずと視界の変化や転換を生じさせ、ちょっと工夫を加えると、とても魅力的で楽しいシーンを誕生させることができます。
住宅内の温熱環境のコントロールが可能になってきたこともあり、階段4周の壁を閉じたり開いたりすることが容易になり、そうした魅力を更に増幅させることも可能です。
写真(1枚目)は傾斜地に建つ住宅の、パノラマ的展望を持つルーフバルコニーに続く階段ホールから2階の居間・食堂を見下ろしたものです。
居間・食堂の光景を階段左右の壁が作り出すフレームがスリット状に切り取り、左右の隠された部分への想像を掻き立てています。
逆に、ルーフバルコニーに続く光に満ちた階段ホールが居間・食堂からの視界に入ることによって二つの空間は心理的にぐっと接近しました。
左側の、壁を少しへこませて作った吹き抜けの下は玄関ホールです。左手から足を踏み入れた来客はこの小さな吹き抜けを通して階段上部の光景を捉え、待ち受けるこの住宅の様々な空間に思いを馳せることになります。
冬期、この吹き抜けを通して高度を落とした太陽光が、右側ルーフバルコニーから玄関ホールに届きます。

私の2012の眼

 今年の8月、上野の国立博物館で「青山杉雨(さんう)の眼と書」 展が行われていたので久々に見に行ってきました。現代美術や絵には日ごろより興味を持っているのですが書は大学以来です。理由は私が高校生のとき、某有名書家から熱烈なるラブコールをもらい、迷いに迷い大学の4年のとききっぱりと書の世界から手を引きました所以がありますが、某有名書家が亡くなり、久しくなったので他の書家を見て見ようという気になりました。そこでしばらく書を真剣に見たことがありませんでしたので、展覧会の印象を書いてみたいと思います。
 彼が漢字のルーツである中国にその素材を求めたのは正しい選択であると思います。中国の長い書家の歴史から臨書を通して中国の書家の美意識を探ることはすばらしいことで、日本の書の発展には欠かすことができない偉大な貢献と考えますが、あえて辛口の批評をさせていただくと、どれもきれいにまとめようとする意識が勝ちすぎているということです。中国の書家たとえば傅山と比較するとこのことが一目瞭然で、美しくなくてはならないというよこしまな考えが邪魔をしていると考えます。私がまた見る機会があったらまた印象が変わるであろうと思いながら博物館を後にしました。

青山杉雨の書        青山杉雨の書。
        面白い形ですが、私にはまとまりすぎていると感じてしまう。
        空間に対して、字が謀反を犯していない。

傅山の書傅山の書。
自由奔放そのままのものであり、実に面白いと考えます。美しいというカテゴリーには入りません。住宅の設計もこのように無碍の大道の境地にありたいと考えます。
出典URL http://www11.tok2.com/home/awa/shorekisi/23/minn2.htm

地域で「そなえる」

「避難地形時間地図」(通称:逃げ地図)
                        http://www.nigechizuproject.com「避難地形時間地図」(通称:逃げ地図)講師のレクチャー中、住民達は眠そうにしていたのに、ワークショップで「逃げ地図」を作り始めるとワイワイガヤガヤ、「その道は繋がっていないから駄目!」と長老達が大活躍。

2011年3月11日の鎌倉は、電気が消えて信号も止まり、バイクで駅まで様子を見に行くと、まだ警察官の誘導もなく地元の商店主たちが交通整理を始めたところ。電車は止まり多くの観光客が取り残され、そのうち海岸の海面がどんどん引いて大きく砂浜が現れ、津波は海沿いの国道134号線のすぐ下まで押し寄せて来ました。
夕方になるといくつかのお寺では山門を閉めたそうで、観光客は鎌倉の街を彷徨うことになりました。その後、鎌倉市の職員が観光地を巡って避難所に誘導、電車が動くまで非難させたと聞きました。

僕が住む材木座地域は低いところで海抜2mほど、それに対して想定の津波は15m。
鎌倉は海と山に囲まれ、地域で海抜も違います。観光客も海水浴からハイキングまでさまざま場所で地震に遭遇することになり、避難しなくてはなりません。

8月から地元の設計仲間たちと連続シンポジウムを開いています。
地域の避難、まちの再興のための準備、市民と観光客を安全に誘導する都市計画の3つを柱に、各専門家のレクチャーと市民参加のワークショップを開いていきます。
結論ありきのシンポジウムではなく、市民が考えた意見と成果を「市民シンポジウム」で発表するもの。
名付けて「そなえる鎌倉」。

イーハトーブの夏

イーハトーブの夏敷地の北を臨む写真です。緑と青が広がります。
お風呂やリビング、書斎、階段から、いつもこの風景が見られるように窓を開けました。

うちの姫様は小田和正と宮沢賢治が大好き。
そんなわけで、先日「グスコーブドリの伝記」という映画を一緒に見てきました。
宮沢賢治が作ったお話です。
彼の妹への思いや、農業・農民への思い、東北という地域への思い、自己犠牲や生と死、いろいろ考えさせられるお話です。
先の0311、その後の福島原発事故への思いも込めて作られた映画です。
一番最後に、小田和正がオフコース時代に歌った「生まれくる子供達のために」という歌が流れます。涙が出ます。
重いテーマですが、ますむらひろしの擬人化されたネコと美しい風景が、気持ちを優しくしてくれます。

今、遠野で、住宅を設計させていただいています。
水沢江刺から遠野へ車で走る風景は、まさに映画に出てくる風景そのものです。
敷地は、遠野の綺麗な水と広がる田園、青と緑しかない中にあります。
遠くのあぜ道を、カッパと宮沢賢治が歩いているのが、見えるかもしれません。

建て主と受賞した緑の景観賞

私ごとで大変恐縮ですが、この度、長野県軽井沢町主催の「軽井沢緑の景観賞」最優秀賞を建て主と一緒に受賞しました。
そもそもこの賞に応募をしようという話があったのは、昨年の春に建て主夫人から電話があったことがはじまりです。
夫人の僕への言葉は「受賞して川口さんの名誉になるならば、応募しませんか。」というものでした。なんと優しく、設計者に対する心暖まる言葉なのだろうかと、その時僕は思いました。

この工事をしてくれた工務店、そして多くの職人の方々、うちのスタッフの根岸君(2012年独立)。僕は脳裡にこの住宅に携わった多くの人々のことを思い起こしました。
そして、僕は夫人に「入賞したら名誉になることは確かですが、この家づくりに参加してくれたみんなに喜んでもらえるように応募しましょう。」と伝えました。
その電話を切って、間もなく軽井沢の佐藤さん(工務店社長)に電話しました。佐藤さんはその場で「そうですか、それはとても良いですね。」と嬉しそうに答えてくれました。
今にして思えばこの時、まだ誰もがこの最高の賞を受賞するなど夢物語と思っていました。
そう言えば、僕はとても大事なことを言い忘れていました。
この住宅の名前は「木竃(もくそう)」といいます。建て主の名字である炭竃(すみかま)という文字と木の塊りである建築にちなんで建て主夫妻が名付けたものです。
そして、今年の春、見事にこの住宅は受賞してしまいました。
みんなのたゆまぬ努力と協力のたまものです。

緑の景観賞_南側からの外観南側からの外観です。屋根は雨をよく切るために、2m5cmと深く出しています。テラスからはレタス畑と遠くの山並みが見えます。季節と天候によって刻々と変化する風景はとてもよいものです。
手前の自然も大木を除いて、全て建築後のものです。 (撮影:炭竃夫妻)

緑の景観賞_北側からの外観北側からの外観ですが、まわりの自然は大木を除き全て下草に至るまで建て主夫妻が時間を掛けた手づくりです。建築前の春にとても大きな台風があり、敷地の針葉樹はほとんどがなぎ倒されました。今にして思えば人命と建て物の安全上幸運なことでした。その後、広葉樹林にゆっくりと切り替えています。そして、この住宅は別荘ではありません。終の棲家です。 (撮影:炭竃夫妻)

緑の景観賞_室内 高さ4m35cmを頂点として屋根をつくり、そのまま骨組みを現して内部の空間にしています。
 外部に面する開口部には全て障子がはまっています。全て窓の外は自然の緑です。

緑の景観賞_上棟式集合写真       上棟式の日にみんなで屋根の上で撮影した写真。

事務所の移転

 事務所の移転をします。今年は独立して10周年になります。これまで、マンションをリフォームして自宅と事務所を兼用して使って来ましたが、10年も経過すると資料や模型の置場がさすがに無くなって来ました。2年くらい前から事務所探しをしてきたのですが、なかなか条件にあう案件がありませんでした。今の所から歩いていける所がいい、事務所だけどお昼ゴハンは自炊するのでキッチンは欲しい、そもそも事務所よりは住宅の雰囲気にしたいので、リフォームが可能でないとダメ。なんて、いろいろな条件をクリアできる案件はなかなか見つかりませんでした。
 そこで、最初の条件「歩いて通える」という条件を外しました。そこで浮上したのが、横浜から1つ先の桜木町です。ランドマークタワーや港のイメージですが、そのエリアとは反対側の「紅葉坂」と言われるエリアです。前川國男さんの名作「神奈川県立音楽堂」や「神奈川県立図書館」がご近所です。久々に通勤することになりますが、なんだか楽しそうな街で、ちょっと、いや、かなりウキウキしてます。
 現在、リフォームをしています。予定通り家具屋さんにキッチンを作ってもらい、床は無垢材を貼り、壁と天井は珪藻土を塗って……いつも作っている家のような事務所を目指しています。
 1つ問題が…「野毛」がすぐ近くなので、お酒を飲む機会がもの凄く多くなりそうです。

事務所の移転①_石黒 隆康「解体工事スタート」
解体工事はなかなか迫力があります。今回はマンションなので、監督曰く「おとなしめの職人」さんを選んでくれたそうです。丁寧な仕事でした。

事務所の移転②_石黒 隆康「キッチン部分」
キッチンは小さいスペースしかありません。既存のミニキッチンを取り外し、家具屋さんに作ってもらいます。どのようになるかは、お楽しみ……です。

事務所の移転③_石黒 隆康「解体工事の完了」
現在、解体工事が終わり大工さんが無垢材を貼っています。小さなスペースなので作業しやすいレイアウトを考えたり、検討することが色々とあります。